信号が青に変わった。
人の流れに押されるように、一歩踏み出す。
その拍子に、朱里の指先が嵩の指に──また、かすった。
昨日より、はっきり。
一瞬じゃなく、確かに“触れた”感触。
(……今の、気のせいじゃない)
朱里が反射的に手を引こうとすると、嵩が小さく声を出した。
「待って」
足は止めず、声だけが落ちる。
強くもなく、命令でもない。
ただ、引き止めるための一言。
朱里の手は、宙で止まった。
「……触れてもいい?」
「……はい」
答えは、考えるより先に出ていた。
嵩の手が、ゆっくり近づく。
指先が触れ、手の甲が重なり──
そして、迷うように、でも確かに指が絡んだ。
握られた。
ぎゅっとじゃない。
逃げ道を残した、優しい力。
胸の奥が、きゅっと音を立てた気がした。
「……あ」
「……嫌じゃない?」
「……嫌だったら、もう歩けてないです」
朱里の声は、自分でも驚くほど震えていた。
でも、手は離さなかった。
嵩は、ほっと息を吐く。
「よかった。
……ずっと、こうしたかった」
その言葉が、夜に溶ける。
手を繋いだまま、二人は歩く。
たったそれだけなのに、世界の音が少し遠のいた。
車の音も、人の声も、街のざわめきも。
全部、背景に下がっていく。
(……手、あったかい)
それだけのことが、今は大事件だ。
朱里は、思わず口をついた。
「……私、今、たぶん……」
「うん?」
「“大嫌い”って言えないです」
嵩が小さく笑った。
「それは、進歩?」
「……進歩です。たぶん、かなり」
少し照れた沈黙。
でも、気まずくはなかった。
駅が近づく。
別れの場所が、見えてくる。
(このまま、離すの……?)
そう思った瞬間、嵩が足を止めた。
「ここで……」
「……はい」
名残惜しくて、どちらも手を離さない。
嵩が、ほんの少しだけ力を込めた。
「今日は、ありがとう。
勇気、出してくれて」
朱里は首を振る。
「……私も、嬉しかったです。
怖かったけど……ちゃんと、嬉しかった」
その言葉に、嵩の目が柔らかくなる。
「じゃあ、また明日」
「……はい。また明日」
名残を引きちぎるように、そっと手が離れた。
一歩離れた瞬間、夜の空気が戻ってくる。
背を向けて歩き出してから、朱里は気づいた。
──手の温度が、まだ残っている。
それだけで、明日も頑張れる気がした。
人の流れに押されるように、一歩踏み出す。
その拍子に、朱里の指先が嵩の指に──また、かすった。
昨日より、はっきり。
一瞬じゃなく、確かに“触れた”感触。
(……今の、気のせいじゃない)
朱里が反射的に手を引こうとすると、嵩が小さく声を出した。
「待って」
足は止めず、声だけが落ちる。
強くもなく、命令でもない。
ただ、引き止めるための一言。
朱里の手は、宙で止まった。
「……触れてもいい?」
「……はい」
答えは、考えるより先に出ていた。
嵩の手が、ゆっくり近づく。
指先が触れ、手の甲が重なり──
そして、迷うように、でも確かに指が絡んだ。
握られた。
ぎゅっとじゃない。
逃げ道を残した、優しい力。
胸の奥が、きゅっと音を立てた気がした。
「……あ」
「……嫌じゃない?」
「……嫌だったら、もう歩けてないです」
朱里の声は、自分でも驚くほど震えていた。
でも、手は離さなかった。
嵩は、ほっと息を吐く。
「よかった。
……ずっと、こうしたかった」
その言葉が、夜に溶ける。
手を繋いだまま、二人は歩く。
たったそれだけなのに、世界の音が少し遠のいた。
車の音も、人の声も、街のざわめきも。
全部、背景に下がっていく。
(……手、あったかい)
それだけのことが、今は大事件だ。
朱里は、思わず口をついた。
「……私、今、たぶん……」
「うん?」
「“大嫌い”って言えないです」
嵩が小さく笑った。
「それは、進歩?」
「……進歩です。たぶん、かなり」
少し照れた沈黙。
でも、気まずくはなかった。
駅が近づく。
別れの場所が、見えてくる。
(このまま、離すの……?)
そう思った瞬間、嵩が足を止めた。
「ここで……」
「……はい」
名残惜しくて、どちらも手を離さない。
嵩が、ほんの少しだけ力を込めた。
「今日は、ありがとう。
勇気、出してくれて」
朱里は首を振る。
「……私も、嬉しかったです。
怖かったけど……ちゃんと、嬉しかった」
その言葉に、嵩の目が柔らかくなる。
「じゃあ、また明日」
「……はい。また明日」
名残を引きちぎるように、そっと手が離れた。
一歩離れた瞬間、夜の空気が戻ってくる。
背を向けて歩き出してから、朱里は気づいた。
──手の温度が、まだ残っている。
それだけで、明日も頑張れる気がした。



