大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

 スマホの画面が暗くなっても、朱里はしばらく動けなかった。
(……楽しかった、って送っちゃった)
 言葉にした途端、それが嘘じゃないことを、はっきり自覚してしまったから。
 胸の奥が、じんわりと落ち着かない。
 ベッドに腰掛け、クッションを抱える。
(大嫌い、って言えば楽だったのに)
 そう言って突き放せば、ここまで考え込まずに済んだはずだ。
 でも──。
 今日の嵩は、少しだけ違った。
 急かさず、詰めすぎず、それでいて確実に距離を縮めてくる。
──「じゃあ、今日はゆっくり歩こうか」
 その一言が、どうしてあんなに優しく響いたのか。
「……反則だよ」
 朱里は天井を見上げて、小さく息を吐く。


 そのとき、スマホが再び震えた。
 嵩からだと分かっているのに、心臓がまた跳ねる。
『無理してないなら
 また、金曜にでも』
 たったそれだけの文面。
 でも「また」という言葉が、妙に重い。
(金曜……)
 次に一緒に歩く約束みたいで。
 朱里は指を止めたまま、画面を見つめる。
(断る理由、探そうと思えば探せる)
 忙しいとか、予定があるとか。
 でも──。
(行きたくない、とは思ってない)
 それどころか、少しだけ楽しみにしている自分がいる。
 朱里は、ゆっくりと文字を打った。
『金曜
 定時なら、大丈夫です』
 送信。
 数秒後。
『了解です
 じゃあ、またゆっくり』
 短い返事なのに、胸が温かくなる。
(……完全に、やられてる)
 クッションに顔を埋め、朱里は小さく呻いた。
「大嫌いって、言えなくなったら
 どうすればいいの……」
 


その問いに答えるように、別の通知が入る。
 ──望月瑠奈。
『朱里さん
 今日、平田さんと一緒でしたよね』
 心臓が、嫌な音を立てる。
(……来た)
 既読をつけるか迷っている間に、追撃。
『別に責めてるわけじゃないです
 ただ、気になっただけ』
 その“ただ”が、信用ならない。
 朱里は深呼吸してから、返信した。
『少し話しただけだよ』
 すぐに返ってくる。
『へえ
 少し、ですか』
 含みのある文面。
(やっぱり、見てたんだ)
 しばらく沈黙が続き、朱里はスマホを伏せた。
(……何も、悪いことしてないのに)
 なのに、胸の奥がざわつく。
 嵩と一緒にいることを、誰かに知られるのが怖い。
 でも同時に──隠している自分にも、嫌気がさす。
(私、何してるんだろ)
 その答えは、もう分かっている気がした。
 嵩の隣が、心地よくなってしまったから。
 大嫌い、で逃げられなくなったから。
 朱里は、スマホを手に取り、そっと画面を見つめる。
(金曜まで、あと三日)
 たったそれだけで、胸がざわめく夜だった。