土曜の夜。
朱里はマンション近くの居酒屋で、美鈴と向かい合っていた。
ビールの泡を見つめながら、ずっと悶々とした気持ちを吐き出していた。
「でね、美鈴。あの子、平田先輩に向かって“好きです”って、はっきり言ったのよ」
「……ほぉ」
美鈴は冷静に枝豆をつまむ。朱里の熱量との落差が、余計にイライラする。
「しかも私のこと、“ライバルですからね”とか言っちゃって! 何その堂々とした宣戦布告!」
「なるほどね。で、朱里は何て返したの?」
「……のどにサンドイッチ詰まらせて咳き込んだ」
「……返事になってないじゃん」
美鈴の苦笑に、朱里はグラスを握りしめた。
「わかってるわよ! でもあの状況で“実は私も好きなんです”なんて言える?!」
「言えばいいのに」
「む、無理に決まってるでしょ!」
朱里の声が少し大きくなり、隣のサラリーマンに振り返られる。
慌てて声を潜めた。
「だって、もし振られたら……惨めじゃない」
「それで振られる前に、自分で“嫌い”って言って予防線張ってんのね」
図星を突かれて、朱里は顔を真っ赤にする。
「ち、違う! あれはただの……口癖みたいなものよ!」
「ふーん。“大嫌い”って口癖ねぇ……」
美鈴は呆れ半分、面白がり半分の目で朱里を見つめる。
「朱里、あんたさ。強がりすぎ。好きなら好きって言えばいいだけでしょ」
「そ、そんな簡単に言えたら苦労してないわよ!」
朱里はビールを一気に飲み干した。
泡で唇が濡れ、情けなくため息が漏れる。
「それに……もし本当に嫌われてたらどうするの。私の“好き”なんて、迷惑なだけじゃない」
「だったら、今の“嫌い”連呼の方がよっぽど迷惑だと思うけど?」
美鈴の容赦ない言葉に、朱里は言葉を失った。
「……」
「いい? あんたの一番の敵は、平田先輩でも瑠奈ちゃんでもなく、自分の意地っ張りなの。そこ倒さない限り、恋なんて進まないわよ」
朱里は黙り込み、テーブルの水滴を指先でなぞった。
胸の奥でずっと引っかかっていたものを、正確に言い当てられた気がした。
「……私、やっぱり、こじらせてるかな」
「今さら? 周知の事実でしょ」
美鈴は軽く笑って、残りの枝豆を口に放り込んだ。
朱里は苦笑すらできず、ただグラスを見つめた。
“こじらせてる”。
認めた瞬間、なぜか胸がちょっとだけ軽くなるのを感じた。
でも、だからといって「好き」と言えるわけじゃない。
朱里は頬を膨らませて、心の中でだけ呟いた。
──やっぱり、大嫌い。
(もちろん、それは嵩への遠回しすぎる“好き”だった。)
朱里はマンション近くの居酒屋で、美鈴と向かい合っていた。
ビールの泡を見つめながら、ずっと悶々とした気持ちを吐き出していた。
「でね、美鈴。あの子、平田先輩に向かって“好きです”って、はっきり言ったのよ」
「……ほぉ」
美鈴は冷静に枝豆をつまむ。朱里の熱量との落差が、余計にイライラする。
「しかも私のこと、“ライバルですからね”とか言っちゃって! 何その堂々とした宣戦布告!」
「なるほどね。で、朱里は何て返したの?」
「……のどにサンドイッチ詰まらせて咳き込んだ」
「……返事になってないじゃん」
美鈴の苦笑に、朱里はグラスを握りしめた。
「わかってるわよ! でもあの状況で“実は私も好きなんです”なんて言える?!」
「言えばいいのに」
「む、無理に決まってるでしょ!」
朱里の声が少し大きくなり、隣のサラリーマンに振り返られる。
慌てて声を潜めた。
「だって、もし振られたら……惨めじゃない」
「それで振られる前に、自分で“嫌い”って言って予防線張ってんのね」
図星を突かれて、朱里は顔を真っ赤にする。
「ち、違う! あれはただの……口癖みたいなものよ!」
「ふーん。“大嫌い”って口癖ねぇ……」
美鈴は呆れ半分、面白がり半分の目で朱里を見つめる。
「朱里、あんたさ。強がりすぎ。好きなら好きって言えばいいだけでしょ」
「そ、そんな簡単に言えたら苦労してないわよ!」
朱里はビールを一気に飲み干した。
泡で唇が濡れ、情けなくため息が漏れる。
「それに……もし本当に嫌われてたらどうするの。私の“好き”なんて、迷惑なだけじゃない」
「だったら、今の“嫌い”連呼の方がよっぽど迷惑だと思うけど?」
美鈴の容赦ない言葉に、朱里は言葉を失った。
「……」
「いい? あんたの一番の敵は、平田先輩でも瑠奈ちゃんでもなく、自分の意地っ張りなの。そこ倒さない限り、恋なんて進まないわよ」
朱里は黙り込み、テーブルの水滴を指先でなぞった。
胸の奥でずっと引っかかっていたものを、正確に言い当てられた気がした。
「……私、やっぱり、こじらせてるかな」
「今さら? 周知の事実でしょ」
美鈴は軽く笑って、残りの枝豆を口に放り込んだ。
朱里は苦笑すらできず、ただグラスを見つめた。
“こじらせてる”。
認めた瞬間、なぜか胸がちょっとだけ軽くなるのを感じた。
でも、だからといって「好き」と言えるわけじゃない。
朱里は頬を膨らませて、心の中でだけ呟いた。
──やっぱり、大嫌い。
(もちろん、それは嵩への遠回しすぎる“好き”だった。)



