「……最近、中谷さん、僕のこと避けてますよね?」

夕方のオフィス。コピー用紙を補充していた朱里の背中に、いきなり嵩の低い声がかかった。
驚いてコピー用紙を落としそうになった朱里は、慌てて振り返る。

「えっ!? な、なに急に……!」

「いや、そう感じるんです。前みたいに雑談もなくなったし、目も合わせてくれないし」

真正面から見つめられて、朱里の胸がドクンと跳ねる。
──だって今は、目を合わせたら絶対バレる。瑠奈が「アプローチ宣言」したことも、心がざわついて仕方ないことも。

「べ、別に……そんなことないです」

「ほんとですか?」
嵩は穏やかに笑った。でも、その目には不安の色がにじんでいた。

「……僕、何かしました?」

その一言に朱里の心がグラッと揺れる。
──何も悪いことしてないのに。悪いのは全部、嫉妬して意地を張ってる私の方。

なのに。素直になれない。

「……そういう、誰にでも優しくするのが……大嫌いなんです!」

またもや飛び出した“三文字”。
嵩は目を丸くし、困ったように苦笑した。

「……それって、僕に対する悪口ランキング第一位ですよね」

「ち、違います! あの、その……」

朱里はしどろもどろになりながらも、うまく言葉をつなげない。
「大嫌い」の裏にある本当の気持ちなんて、とても言えるはずがなかった。

嵩は少し黙り込んだあと、小さくため息をつく。

「……中谷さん、本当に僕のこと嫌ってるんですか?」

「……っ」

その質問は、朱里の心臓を一瞬止めた。
嫌ってる? そんなはずない。むしろ逆なのに。

でも──。

「……そういうことに、しておきます」

強がりの答えが口をついて出た瞬間、嵩の表情がわずかに陰った。

その顔を直視できなくて、朱里は慌てて踵を返す。

「お、お先に失礼します!」

勢いよくオフィスを飛び出したものの、エレベーターの中で思わず壁に頭を打ちつけた。

「……はあぁぁぁ……私、バカすぎる……」

強がりを言えば言うほど、距離が広がっていく。
好きなのに「大嫌い」って言い続ける自分が、一番の敵だ。

──でも。次に会ったら、また言ってしまうんだろうな。

まるで呪文みたいに。