夜風がまだ少しだけ湿っていて、雨上がりの匂いが残っている。
 三人で歩く帰り道は、どうしてこんなにも“気まずさ”がよく響くのだろう。

「いや〜、ほんと偶然でしたね!」
 瑠奈はテンション高めに、コンビニ袋をぶらぶらさせながら言った。

「うん、まあ……偶然だね」
 嵩さんは苦笑い。ただ、歩く速度は自然と私に合わせてくれている気がする。

 なのに。

「中谷先輩、歩くのちょっと早くなってません?」
 瑠奈が笑って言う。

「えっ!? そ、そんなことない!! むしろ大嫌いだから早歩きになってるだけ……」
 また言った。
 また言っちゃった。
 大嫌い……本当は全然そんなことないのに。

「大嫌いって言いながら歩幅合わせてくれてるの、可愛いですよね」
 瑠奈がにやり。

「はぁ!? 可愛いとか言わないで! ほんと大嫌い!!」

「……中谷さん」
 嵩さんが横で、困ったように、でもどこか優しい声で呼ぶ。

「な、なんですか」

「それ、照れてるときの言い方だよね?」

 ──死ぬ。

 いや、今すぐ地面に吸い込まれて消えたい。

「ち、ちが……! 違うもん……!」
 声が裏返って、さらに恥ずかしい。

 瑠奈がくすくす笑いながら言う。

「平田さん、絶対わざと言ってますよね、それ」

「別に、わざとじゃないよ」
 と言いながら、嵩さんは少し視線を落とす。
 その横顔が、なんかずるいくらい落ち着いていて、余計に胸が騒ぐ。

 三人で歩いているのに、
 私だけがやたらと心臓の音が大きい。

 そんなとき、瑠奈がぽつりと言った。

「中谷先輩と平田さんって……やっぱり、仲良いですよね」

「なっ──」

「望月さん、変な誤解しないでよ。俺たちはただ、仕事帰りに歩いてるだけで」

 嵩さんが冷静に言う。
 でもその横で、私は反射的に否定してしまう。

「そ、そうですよ!! 上司ですから!! 仕事の!! 上司!!」

 自分で言ってて苦しくなるくらい、“上司”を強調した。

「はいはい」
 瑠奈が苦笑する。

 その空気を割るように、スマホが震えた。
 画面を見ると──美鈴からだ。

《どう?今どこ?また何かこじらせてない?》

 ……なんでバレてるの、この人。

「中谷さん、電話ですか?」
 嵩さんに聞かれて、私は慌ててスマホを握りしめる。

「い、いえなんでもないです!!」

 なんでもなくない。
 めちゃくちゃ今、相談案件が発生している。

「中谷先輩、顔赤いよ」
 瑠奈が覗き込む。

「赤くない!! 大嫌いだからだよ!!」

「いや、その理屈おかしいだろ……」
 嵩さんがため息交じりに笑った。

 ──こんな距離なのに、
 どうして“もう少し先”にいる彼に、手が届かないんだろう。

 夜の道を三人で歩きながら、
 私はまたこじらせの沼に沈んでいくのだった。