会議が終わる頃、オフィスの空気はいつもより静かだった。
時計の針が「18:03」を指した瞬間——
「中谷さん。少し、いいですか?」
嵩の落ち着いた声が、朱里の思考を一瞬で奪っていった。
(き、きた……!ほんとに来ちゃった……!
夕方の“少しだけ時間、もらえる?”って……
今日、何の話なんだろ……!?)
朱里はデスクの上のペンを落としそうになりながら立ち上がり、
半歩遅れて嵩のあとをついていく。
向かったのは、給湯室の隣にある小さな打ち合わせスペース。
他の人がほとんど帰り支度を始めている時間帯で、人影は少ない。
「ここなら落ち着いて話せると思って」
そう言って、嵩は椅子を軽く引いてくれた。
そのさりげない気遣いだけで、朱里の心拍数は本日最大値を更新する。
「え、えっと……なんの、お話でしょうか?」
自分の声が思っていたより震えていることに気づいて、朱里は内心で頭を抱えた。
嵩は書類を机に置き、小さく息を吐く。
「昨日の件だけど……」
(よ、昨日……!?
えっ昨日の何!?
まさか……まさか映画……?
え、違う?あれ?)
「中谷さん、最近ちょっと無理してるっていうか……」
「む、無理なんかしてません!」
即答。
反射。
そして盛大に裏返る声。
嵩は、一瞬目を瞬かせたあと——
ふっと、穏やかに笑った。
「そう思うならいいんだけどね。
でも、昨日……言ってただろ?」
「昨日……?」
(昨日の私……何喋った……!?
“また映画行きたいです”……!?
違う、これは絶対違う!!)
嵩は朱里の戸惑いに気づいたように、少しだけ端正な横顔を緩めた。
「“もう一人で抱え込まないようにします”って言ってたから」
「あっ」
脳内検索ヒット。
昨日の夜、雨の音を聞きながら、ぽろっと言ったあれだ。
「心配するんですよ、部下が疲れてると」
その言葉は優しいのに、朱里の胸には刺さるように響いた。
(やばい……この言い方反則……)
嵩は続ける。
「無理をしないでほしい。でも、中谷さんが頑張ってるのも知ってる。
だから——ちゃんと頼っていいんですよ」
「……ひ、平田先輩……」
朱里の声は小さく、ほとんど囁きだった。
しかしその瞬間。
ちょうど給湯室から、美鈴が紙コップを落としそうなほど驚いた顔で出てきた。
「……あ。わ、悪い、続けて?」
(なんでこのタイミングぅぅぅぅ!!)
朱里が心の中で叫んでいると、嵩は軽く咳払いした。
「まあ……そういう意味で、今日は少し話がしたかっただけです」
「は、はい……」
美鈴は気を利かせたのか、紙コップを握りしめたまま、そそくさと退散していった。
嵩は立ち上がると、柔らかく笑った。
「帰り、少しだけ歩きませんか?
外、もう雨上がってるみたいだし」
(……え……え……!?
こ、これ……デートじゃ……?いや違……いや、え……!?)
朱里の脳内では
“これは普通の帰り道”
“いや普通じゃない!”
“落ち着け!”
“無理!!”
が激しく衝突していた。
それでも、口から出たのは──
「……はい。行きます」
その返事は、自分でも驚くほど素直で、柔らかかった。
夕方の廊下に二人の足音が重なる。
それは、昨日より少しだけ近づいた距離の音だった。
時計の針が「18:03」を指した瞬間——
「中谷さん。少し、いいですか?」
嵩の落ち着いた声が、朱里の思考を一瞬で奪っていった。
(き、きた……!ほんとに来ちゃった……!
夕方の“少しだけ時間、もらえる?”って……
今日、何の話なんだろ……!?)
朱里はデスクの上のペンを落としそうになりながら立ち上がり、
半歩遅れて嵩のあとをついていく。
向かったのは、給湯室の隣にある小さな打ち合わせスペース。
他の人がほとんど帰り支度を始めている時間帯で、人影は少ない。
「ここなら落ち着いて話せると思って」
そう言って、嵩は椅子を軽く引いてくれた。
そのさりげない気遣いだけで、朱里の心拍数は本日最大値を更新する。
「え、えっと……なんの、お話でしょうか?」
自分の声が思っていたより震えていることに気づいて、朱里は内心で頭を抱えた。
嵩は書類を机に置き、小さく息を吐く。
「昨日の件だけど……」
(よ、昨日……!?
えっ昨日の何!?
まさか……まさか映画……?
え、違う?あれ?)
「中谷さん、最近ちょっと無理してるっていうか……」
「む、無理なんかしてません!」
即答。
反射。
そして盛大に裏返る声。
嵩は、一瞬目を瞬かせたあと——
ふっと、穏やかに笑った。
「そう思うならいいんだけどね。
でも、昨日……言ってただろ?」
「昨日……?」
(昨日の私……何喋った……!?
“また映画行きたいです”……!?
違う、これは絶対違う!!)
嵩は朱里の戸惑いに気づいたように、少しだけ端正な横顔を緩めた。
「“もう一人で抱え込まないようにします”って言ってたから」
「あっ」
脳内検索ヒット。
昨日の夜、雨の音を聞きながら、ぽろっと言ったあれだ。
「心配するんですよ、部下が疲れてると」
その言葉は優しいのに、朱里の胸には刺さるように響いた。
(やばい……この言い方反則……)
嵩は続ける。
「無理をしないでほしい。でも、中谷さんが頑張ってるのも知ってる。
だから——ちゃんと頼っていいんですよ」
「……ひ、平田先輩……」
朱里の声は小さく、ほとんど囁きだった。
しかしその瞬間。
ちょうど給湯室から、美鈴が紙コップを落としそうなほど驚いた顔で出てきた。
「……あ。わ、悪い、続けて?」
(なんでこのタイミングぅぅぅぅ!!)
朱里が心の中で叫んでいると、嵩は軽く咳払いした。
「まあ……そういう意味で、今日は少し話がしたかっただけです」
「は、はい……」
美鈴は気を利かせたのか、紙コップを握りしめたまま、そそくさと退散していった。
嵩は立ち上がると、柔らかく笑った。
「帰り、少しだけ歩きませんか?
外、もう雨上がってるみたいだし」
(……え……え……!?
こ、これ……デートじゃ……?いや違……いや、え……!?)
朱里の脳内では
“これは普通の帰り道”
“いや普通じゃない!”
“落ち着け!”
“無理!!”
が激しく衝突していた。
それでも、口から出たのは──
「……はい。行きます」
その返事は、自分でも驚くほど素直で、柔らかかった。
夕方の廊下に二人の足音が重なる。
それは、昨日より少しだけ近づいた距離の音だった。



