●第6章 日本武道館の夜
光陰矢の如し、、、
光が家を出てから16年の歳月が過ぎていた。
大き目のサングラスをかけて顔を隠していた光はいつものメイク・・・
ライブの時はいつも、右目の下の泣きボクロから赤いティア―ドロップを描いていた。
愛用の小さめのピックと同じサイズで。
涙のメイクは、人間の喜怒哀楽だけでなく、人それぞれの数えきれない感情を表しているという。

30歳の誕生日を迎えた光は、日本武道館の南にある、近衛歩兵第一連隊跡記念碑の前に居た。
以前、父の陸が自慢げに言っていた。
「俺も一応、武道館のステージに立った事があるんだぞ!
まあ、全自衛隊の空手の試合会場が毎年武道館だったってだけだけどな(笑)」
父は「近衛連隊」を自称する第32普通科連隊出身で当時市ヶ谷駐屯地に勤務していた。
市ヶ谷駐屯地は今は防衛省となり、駐屯していた32連隊は埼玉県の大宮駐屯地に移転している。
特別意識していたわけではないが、なんとなく父の足跡をたどっていた自分がいる。
新宿・名古屋・甲府・福岡・大宮・・・夜のバイトをしながら、食いつなぎ、ストリートライブでファンを増やしながら全国を行脚した日々。
その中で知り合った仲間とバンドを組み、ここまで上り詰めた。

バンドマンにとっての「日本武道館」は特別な意味を持つ。
単なるライブ会場以上の象徴的な「夢のステージ」
1964年に東京オリンピックを記念し、武道の普及と発展を目的として建設された。
かつてビートルズが来日公演を行った場所で、ロックバンドにとっての「聖地」
12,000人規模のキャパを持つ武道館は「全国クラスの人気の証」とされている。
ファンとの距離もそこそこ近く、感動の空間が生まれやすい。

ここまで来るのは、生半可な道ではなかった。
くじけそうになったことは何度もある。
そのたびオレを勇気づけたのは父の言葉。
「どんなに雨が降っていても、雲の向こうは必ず青空」
素直な気持ちを表現したいという純粋な想いが美しい歌詞とメロディーを作り出し、老若男女を問わず、共感を得た。道行く人が立ち止まり、耳を傾けるようになる。
声が掠れても、声が消えかけても、魂の声を叫び続けた。
雲の向こうの青空に向かって・・・
そんな熱のこもったライブを続けているうちに、バンドは更に共感を呼び
「口パク」状態になったヒカルの声をファンが助けるようになる。
SNSによる拡散がさらに波紋を呼び、TV局からも声がかかるようになったが、ヒカルは頑なに固辞した。目の前のファンを大切にした。ライブのグルーブ感を大切にしていた。
ライブ会場でしか見られない・・・というプレミア感もまた人気に拍車をかけた。
会場が一つになり合唱するのがCICADAのライブの醍醐味だった。
一度味わうと病みつきになるグルーブ感中毒が若者を中心に拡がった。

16年前、連絡のつかなかった鷹山刑事から折り返しがあったのは、しばらく経ってからだった。
「折り返しが遅くなって悪いな、光。転属やらなんやらでドタバタしてて、すっかり忘れてた。
本当にすまん!最近は常連のお前の名前をめっきり聞かなくなったから、ちゃんと更生したんだな?」
「まあ、今はギターにはまってて喧嘩はもう辞めました・・・」
「そうか、それは良かった。で、何か用事だったか?」

父が亡くなった情報を何か得られないかと、鷹山刑事に相談した。
警察には秘密保持義務があるから、捜査情報などをあまり漏らすわけにはいかないとのことだったが、あの事件の直後、再び鷹山刑事から折り返しがあった。
「光、お前また何かやらかしてないだろうな?群馬県警の刑事から俺んとこに電話があってな、
お前の事を色々聞かれたぞ。まあ、ありのままに話しておいたけど、俺はお前のこと信じてるからな!あ、そう言えば、お前んとこの親父さん亡くなったって言ってたけど、死亡したって記録ないぞ。」
「え!どういうことですか?事故物件サイトに『孤高死』って載ってたのに?」
「それ、どうやら別人だな」
「え!?」
「亡くなったのは、あの家を買った人みたいだな。だからお前の親父さんはまだどこかで生きてると思うぞ!」
・・・父さんが・・・生きてる!?・・・
「ありがとう!鷹山さん!」
・・・有名になればどこかで父さんの目に留まるかもしれない・・・
・・・そうすれば、また会えるかも・・・
たまには褒められたい・・・褒めてもらえなくてもいい・・・父さんに、また、叱られたい・・・
無くした時に本当の価値が分かるという。
とりわけお父さんっ子だったわけではないが、父からもらったいくつもの言葉、オレが勝手に
「陸語録」と呼んでいるイイ言葉コレクション。父が死んだと思った日から急に拾い集めた。
何の役にも立たないガラクタと思っていた父のくれた「言葉たち」
父がいなくなったことを知ったあの日から、みるみるうちに「宝石」に変わっていき、煌めきだしたからだ。
ふとしたタイミングで思い出した時には必ず書き留めた。
忘れない様に。調べた。考えた。確かめた。
そして、自分なりに噛み砕いて詩にした。曲を付けた。
このプロセスも「陸語録」によるものだ。
「常に何故かと考える、さらに詳しく確かめる、粘り強く真理を求め、力確かな人間になれ」
父の通っていた中学校の求める「人間像」の一節らしい。
ヒカルの曲は「陸語録に収録されている言葉」をヒカルなりに表現したものが多い。
同じ歌詞でも、コードやメロディー、テンポが違えば全く違う曲になる。
ヒカルのバンド・CICADE(シケイダ)の楽曲にはロックとバラードが対になっている曲がいくつかある。同じ言葉でも伝え方によってまるで違う雰囲気になる。そんな表現の仕方の違いを楽曲として届けているのもこのバンドの特徴だった。
ヒカルが独りで歌っていた頃からの代表曲である「VOICELESS」にも表と裏がある。
元々、この曲は父からもらったギターのハードケースの中に入っていたA4のコピー用紙に手書きで書かれていたものだった。コピー用紙の表と裏に同じ歌詞と別のコードが振られていた。
初めはこの謎が分からなかったが、何度もコード進行に合わせて、なんとなく曲をつけ口ずさんでいるうちに急にひらめいた。
・・・そういう事か・・・
父のヒントがなければ今のオレたちは無かったかも?・・・そう思う。


ピピピ!ピピピ!Gショックのアラームが鳴る。
「やばい!」ステージインの時間だ。
慌てて楽屋に駆け戻るヒカル。
「おい!ヒカル、どこに行ってたんだ!ライブの時間だぞ!」
マネージャーの西本に注意され
「すみません、ちょっと父に会いに・・・」
と言い訳をしながら、黒いハードケースからギターを取り出すヒカル。
楽屋の時計が18:30:00になり、武道館にイントロが流れる。
アップテンポのドラムがリズムを刻みだすと会場のざわめきが歓声に変わる!
・・・父さん、行ってきます・・・
モンキーグリップのギターを握りしめたヒカルがステージにせり上がると
会場のボルテージは最高潮に達し、ベースとギターのイントロに続き1曲目が始まる。
♪あの日の空に叫んだ名前 風に消されて 何も届かない
強がるほどに壊れそうで 言葉にならない声だけが残る♪
♪届かない思いを 胸に抱いたまま 君のいない夜に 僕は歌ってる
たとえ声がかすれても 消えかけたとしても♪
♪この この歌だけは 君に 君に 君に 届いてほしい

交わした約束 忘れてないよ 笑顔の裏に 隠した涙♪
♪時は無情に 流れ過ぎ去る 戻れない過去に 何度も手を伸ばす
叶わない夢でも 信じてたいんだ 君がくれた光 消えていないから♪
♪叫びたい想いが僕を 飲み込んだとしても
この この歌だけは 君に 君に 君に 届いてほしい♪

♪もう一度だけ あの声が聴きたい
でも今だけは あの空に歌うよーAh―♪

♪叫んだこの想いは 届かなくても 君のそばでずっと 見つめていたい
たとえ何を失っても 傷ついたとしても♪
♪この 熱い想いが 君に 君に 君に 届くまで・・・Ah―♪
赤いティアドロップのピックを観客席に投げ込む。
ワ―――――!!!大歓声が上がる・・・
ライブステージ武道館へようこそ!!
今日も全力で魂の歌を届けます!!
最後まで楽しんでいって下さい!!
ワ―――――!!!大歓声が上がる・・・
1曲目、おなじみの「VOICELESS~届かない想い」聞いてくれてありがとう!!
実はこの歌と、このギター、父の形見です!!
モンキーグリップを握りギターを上げる。
ワ――・・・ザワザワ・・・微妙な反応
湿っぽくならないで~!!
ワ―――――!!!中歓声が上がる・・・
もう一つ、父からもらった言葉・・・タイトルにしました!
似たような言葉、よく聞くかもしれないけど・・・
2曲目
「どんなに雨が降っていても、雲の向こうは青空」
聴いてください!!
♪♪♪・・・♪♪♪・・・♪♪♪・・・
・・・♪♪♪・・・♪♪♪・・・♪♪♪・・・

10曲を歌い切り、ライブは盛り上がったまま、いよいよ最後の曲に。
マイクスタンドに巻き付いたコードにたくさん刺さっていた赤いティアドロップのピックもまばらになっていた。
演奏に使ったピックを観客席に投げ入れるのは、恒例になっていて、ファンの間では
「光の涙」と言われ、ちょっとしたプレミアムアイテムになっていた。

宴もたけなわですが、次で最後の曲となってしまいました。
ヤダーーーーーー!!!
いつも通り、声が限界です!!!(笑)
ワハハハー――――!!!
世界には、色んな国があって、色んな人がいて、色んな動物がいて、
好きなモノや嫌いなものが違ったり、助け合ったり、殺し合ったり、
神様から見たら、みんな同じ地球に住んでる兄妹みたいなものなのに
何で争いが絶えないんでしょうか?
みんな仲良くすればいいのにね?
そんなキレイごとを歌にしたのがこの曲です!!
ワ―――――!!!大歓声が上がる・・・
「What color do you like?」聞いてください!!
♪♪♪・・・♪♪♪・・・♪♪♪・・・
・・・♪♪♪・・・♪♪♪・・・♪♪♪・・・

暗転。
鳴りやまない大歓声!!!
アンコール!!!アンコール!!!アンコール!!!アンコール!!!アンコール!!!

爆発音とともにスポットライトが点る。
ワ―――――!!!大歓声が上がる・・・
暗転の間にステージに置かれた白いピアノ。

もう一つのスポットライトがヒカルを照らす。
上半身裸
ワ―――――!!!大歓声が上がる・・・
・・・しゃがれ声で
「みんなの熱気がすごいんで、上脱いじゃいました!!」
ワ―――――!!!
「お聞きの通り、もう声ガラガラです。」
ワハハー――!!!
ストリートでもライブでも声が掠れて消えかかっても、
助けてくれたファンのみんな!!本当にありがとう!!
終わりは始まり、最後はみんなのよく知ってるこの曲を
みんなで歌いたい、届けたい、
みんな大好きなあの人のことを思い出してー!!
大切な誰かのことを想って、一緒に歌ってください!!

VOICELESS~バラード!!!

歌詞は1曲目とほぼ同じだが、スローテンポで
ピアノのイントロから始まるバラードはまるで別の曲・・・武道館の大合唱
♪♪♪・・・♪♪♪・・・♪♪♪・・・
♪あの日の空に叫んだ名前
♪♪♪・・・♪♪♪・・・♪♪♪・・・
♪叫んだこの想いは 届かなくても 君のそばでずっと 見つめていたい
たとえ何を失っても 傷ついたとしても♪
♪この 熱い想いが 君に 君に みんなに 届くまで・・・
ラララララララーララー♪ラララララーララー♪
 ♪ラララララララーララー♪ラララララーララー
たとえ声がかすれても 消えかけたとしても♪
♪この この歌だけは 君に 君に 君に 届いてほしい・・・
ポポポポポポポポ・・ポロン(ピアノ)

鳴き声の混ざった大歓声に後ろ髪をひかれながら
バンドメンバーがステージから引き上げる。