黒の花嫁/白の花嫁






 暗闇の中で、どすりと大型の柔らかい物体が崩れ落ちる音がした。
 これで三体目。
 春菜の周囲に倒れてる者――(あやかし)たちは、白龍に仕えている従者たちだ。彼らは体中の水分を吸い取られたように、骨と皮だけの姿で横たわっている。

「やっぱり下級の妖だと大した量にならないわね。もっと大物を狙わなくちゃ」

 春菜は不愉快そうに大きく舌打ちする。こんな雑魚どもが百匹集まっても大した量にはならない。

 人間の器というものは、神や妖に比べて儚く脆い。
 霊力という強靭な盾を失いつつある今、彼女はひどく焦っていたが、ある打開策を思い付いた。

 それは、妖から妖力を奪って己の体内に取り込むことだ。
 そうすることによって、消えかけている霊力の補填にはなる。しばらくの応急処置だが、天界に留まれる程度の力は確保できるだろう。



「そこまでです」

 そのとき、襖が開いて暗い部屋に光が差し込んできた。直線的なそれは春菜の左目を刺して、彼女は眩しさで思わず目を瞑った。

「やはり……貴方は……」

 彼女の眼前にいたのは紫流だった。
 彼は倒れている者たちを認めると大きく目を見張って、たちまち険しい顔になり、春菜を()め付けた。

「あら? なにかしら?」

 春菜は何事もなかったかのように、澄まし顔でつんと答える。この状況で平然としている彼女に、彼は薄気味悪さを感じて粟立った。
 やがてそれは、じわじわと怒りに変わっていく。

「貴方は……自分の行ったことが分からないのですか!? 己の要望のために他人(ひと)の『命』を犠牲にするなど、血の通っている人間のすることではありません!」

「はぁ?」

 春菜は小馬鹿にするように薄笑いを浮かべた。

「あなたは、考えなしに行動しているの? 子供じゃないんだから……ねぇ?」

「ふざけるなっ!!」

 紫流の怒号が響き渡る。激しい憤怒は、彼の心臓を突き破って肉体を破裂させそうだった。

「貴様は命を何だと思っているんだ!? 妖にとって、妖力が消えるというのは、死を意味するのだぞ!?」

 彼の言葉通りに、倒れた妖たちはさらさらと砂が崩れるように消えていく。
 その様子を春菜は無表情で眺めて、紫流は無念そうに拳を握り締めて見つめていた。

「あんな三流妖怪たちより、龍神の花嫁のほうが価値があるわ。彼らも龍神様に身を捧げることができて本望なんじゃない?」

「貴様っ……!」