「それにねぇっ!」

 次の瞬間、秋葉の顔が矢庭に怒りで気色ばんだ。

白龍(あの男)は、過去に私と契約したくせに、春菜に『会いたかった』とかなんとか言っちゃってんのよ!? あり得ない! あんな軽薄男、こっちから願い下げだっつーのっっっ!!」

 つーの、つーの……と彼女の語尾が裏山にこだました。どうやら相当お冠らしい。
 あまりの剣幕に、憂夜は思わず息を呑み込んだ。

「――ってことで」

 秋葉はがしりと憂夜の手を強く握った。

「早く行くわよ! あー、白龍の澄まし顔を思い出したら腹が立ってきた!」

「だが……どうやって解除を? 神との契約なんだぞ!?」

「さぁ? 血を分けたんだから、それを返してもらえばいいんじゃない?」

 神との(ちぎ)りなんて大したことがないとばかりに、あっけらかんと答える彼女に、彼も不思議と口元が緩んだ。

「……ま、なんとかなるか」

「そうよ! もし拒否して逃げるのなら、白龍(あいつ)のお尻に噛み付いてやるわ!」

 彼女ならしかねないなと、彼は声を出して笑った。

「じゃ、一度帰って支度をしましょう」

「そうだな」

 二人は並んで歩き出す。無言ではあるが、行きと違って足取りは軽かった。

「あ! そうだ!」

 秋葉は何かを思い出したのか、勢いよく顔を上げて憂夜を見た。

「どうした?」

「さっきは言い忘れてたけど……私は、夜が好き。
 昔は太陽が登るのが待ち遠しかったけど、今は落ち着く月夜を待ち望んでるわ」

 そう言うと、秋葉は照れたようにほんのり顔を赤く染め、彼から視線を逸らして先に歩きはじめた。

「ありがとう、秋葉」

 彼女の小さな背中に、彼はありったけの愛しさを込めて呟いた。