「おっ、来たか」

 それから半刻ほど経って、秋葉は玄関に出た。

 瑞雪を呼ぶ気力もなかったので、彼女は一人で支度をした。髪は緩い三つ編みを前に垂らしただけで、化粧もしていない泣き腫らした顔を晒していた。憂夜が見立ててくれた紅葉柄の小紋の帯も、ちょっとだけ曲がっている。
 それでも、彼と一緒の散歩なのだから、精一杯のお洒落をした。

「行くか」

 憂夜は秋葉の手を取る。彼女は無言でこくりと頷いた。
 二人はしばらくのあいだ黙って歩いていた。もう夕暮れ時で、茜色の空が遠くに感じた。

 憂夜の大きな手は、やっぱり少しひんやりとしていて。でも包まれている温かみがあって心地良かった。

 ――ふわり。

「あっ……!」

 少し歩くと、金木犀の香りが優しく漂ってきた。甘くて果実のような爽やかな香りが鼻腔をくすぐって、ほんわかとした気分になる。

 それからまた少し歩くと……。

「うわぁ……!」

 その小径は両側に金木犀の木が並んでおり、黄色い花が夕日に照らされてきらきらと輝いていた。

「すごい……綺麗……!」

 思わずくるりと一回転をして、木々を見回した。数多の光の粒がきらめいているようで、別世界みたいだった。

「気に入ったか?」

「えぇ! とっても素敵!」

「そりゃ良かった」

 憂夜は嬉しそうに目を細めた。

「秋になったら、よくここに来るんだ。景色を眺めていると不思議と心が落ち着いて、素直な気持ちになれる」

「そうね……。この香りも心を解放してくれる気がするわ……」

「あぁ。だから俺は、いつも秋が待ち遠しいんだ」

「私は……」

 秋葉はみるみる表情を曇らせて俯いた。

「秋が、嫌いだわ。昔から、秋が来るのが嫌だった」

「なんでだ?」

「秋は冬の前触れよ。草木は枯れて、山は暗く沈む。生き生きとした生物も少なくなって、世界は静まり返るの。まるで、『死』を迎える準備をしているみたい」

「……」

 彼女は自嘲するように短く笑って続ける。

「それに比べて、春ははじまりの季節。新しく生命が芽吹いて、希望が生まれる。人々が待ち望んでる世界。秋とは大違いだわ」

「だから、秋が嫌いなのか?」

「ええ。本当……大っ嫌い! 秋なんて、誰も嬉しくないもの」

「……」

 さあっと風が吹いて金木犀の香りが広がった。いくつかの花が飛び散って、光の粒がはらはらと舞っている。