「なにをしているのです!?」
紫流の怒鳴り声と同時に春菜は手を離す。女中はどさりと床に崩れ落ちて、ぐったりとして動かなかった。
彼は慌てて駆け寄り、周囲の女中らに指示を出す。春菜は興味なさげに一瞥したあと、すぐに部屋に引っ込んだ。
「春菜様!」
少しして、紫流の呼び声とどんどんと強く扉を叩く音が聞こえた。
彼女は最初は無視をしていたが、あまりにもしつこいのでうんざりして渋々扉を開けた。
「……なにかしら?」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せた春菜がやっと現れる。彼は周囲に聞こえないように小声で詰め寄った。
「なぜ、あのようなことをしたのです!? やり過ぎです! 彼女は危うく死んでしまうところでした」
「白龍様を侮辱したからよ? あなたは神に対する冒涜を許すのかしら?」
「彼女たちは春菜様に対する暴言は認めましたが、光河様については決して非難などしていないと申しております。
貴方に対する侮辱なら、私が処罰しま――」
「わたしを選んだのは光河様よ? わたしを侮辱するのは、彼を侮辱するのと同じなの。あなただって、光河様に対する無礼は絶対に許さないでしょう?」
「っ……」
歪んだ正論に、紫流は二の句が継げない。
いつもの彼なら「とんだ屁理屈だ」と相手を張り倒すところだが、なまじ白龍の名を出されると、忠誠心の強い彼には反論できなかった。
なにも言い返せない彼に、彼女は勝利を確信し、口端を吊り上げた。
「あなたも光河様の側近なのだから、もっとしっかり臣下たちを教育なさい?
そうそう、あなただって代わりはいくらでもいるのよ? 花嫁のわたしは一人だけだけどね」
彼女は勝ち誇ったようにくすりと笑って、彼の返事も待たずにぴしゃりと扉を閉める。
彼は激しい憤りで全身を打ち震わせながら、眼前の二度と開かない板を憎々しげに睨み付けていた。
(女狐めが……!)
我が主は、なぜこのような性悪な女を選んだのか。
頭の中には多くの疑問と、ぶつけようのない怒りでいっぱいだった。
たしかに彼女の霊力は、白龍の花嫁として相応しい。
だが、あの濁った泥水のような魂からは、慈しみの心なんて一欠片も感じない。清廉潔白な白龍とは、相反するのだ。
しかも、その霊力。先ほど、女中の首を締めていた際に妙な違和感を覚えた。あの黒い靄は見間違いだったのだろうか。
己の知らぬ水面下で、なにか良からぬことが起こっているように感じた。
絶対に、主だけは守らねば……。

