「じゃあ……」

 しばらくのあいだ黙り込んでいた秋葉は、震える唇をやっと開いた。

「じゃあ、春菜は? 春菜が白龍の花嫁なんじゃないの……?」

「憶測だが、今は白龍が二重契約状態になっているんだと思う。過去にこのような事例はないが、神が二人の花嫁を持つことは禁忌ではない。つまり……」

 憂夜は言葉を続けるのを止めた。視線を落として、全身をわなわなと震わせている。
 少しして、彼は意を決したように顔を上げて、まっすぐに秋葉の目を見て行った。

「つまり…………秋葉も(・・・)白龍の花嫁になる権利を持っている。

 …………その契約が有効な限り、俺の――黒龍の花嫁には、決してなれない」

「なんてこと……」

 ついに全身の力抜けて、秋葉はがくりと地面に崩れ落ちた。視界は急激に狭まり呼吸が苦しくなって、気味の悪い脂汗が吹き出る。

 憂夜は宝物を掬い取るように、彼女の身体を優しく支えながら抱きしめた。
 でも、彼女は全身が痺れていて、彼の腕に包まれている感覚がない。視界はもう、真っ黒だった。

「私は……ここでも必要ないの?」

 せっかく自分の本当の居場所ができたって思ったのに。
 大切な仲間ができたのに。

 そして……心から愛したい神様(ひと)ができたのに。

「っ……!」

 秋葉は卒然と立ち上がって、出口に向かって駆けていった。

「おいっ! 秋葉っ!」

 憂夜は呼び止めるが、追い掛けることができなかった。

 自分にはその資格がないと思ったのだ。
 なぜなら、彼女は白龍のものなのだから。

「くそっ!!」

 やるせない気持ちで、頭がどうにかなりそうだった。強く握った拳から血が滴り落ちる。

 やっと手に入れたと思ったのに、簡単にすり抜けてしまった。
 死ぬまで大切にしようって誓ったのに、自分は彼女を守る権利さえ持っていない。

 神の世界で(ことわり)は絶対だ。一度結ばれた契約を、他者がどうかすることは出来ないのだ。

 こんなに……秋葉を愛しているのに。

「ちっくしょおおぉぉぉぉぉっ!!」

 憂夜の悲痛な咆哮が、暗闇に轟いた。