「消えろ」

 次の瞬間。
 秋葉の耳に、底冷えするような重々しい声が聞こえた気がした。すると、黒色の大波が現れて、秋葉たちを呑み込んでいく。
 秋葉は思わず目を瞑って息を止めたが、肉体には特に影響がないようだ。むしろ、温かいものに包みこまれている感じがした。

「秋葉! シロ! 大丈夫か!?」

 数拍して目を開けると、憂夜が二人を抱きしめていた。
 あれだけいた式神は、綺麗さっぱり消えてしまっている。風の音に混じって、黒龍の気が辺り一面に広がっていくのを感じた。

「憂夜……!」

「黒龍様あぁぁぁー! うわああーーん!」

 式神が消えて安心したのか、二人とも泣きながらひしと彼に抱きつく。

「遅れて悪かった。お前たち、よく頑張ったな」

 憂夜は二人を優しく撫でた。冷たい手が、秋葉の火照った身体を落ち着かせてくれて心地良い。
 秋葉と白銀は目を合わせて「えへへ」と嬉しそうに小さく笑った。

「そうだ、黒龍様! アキからちょっとだけ霊気が出たんだよ!」

 しばらくして白銀がばっと勢いよく顔を上げて、爛々と瞳を輝かせながら言った。

 憂夜は頷いて、

「あぁ、一瞬だが俺も感じた。秋葉の霊力が目覚めつつあるんだと思う」

「本当に……?」

 秋葉は驚愕と歓喜が入り混じった顔で憂夜を見る。自然と一筋の涙が零れ落ちた。

「あぁ。今回は瞬発的なものだが、いずれ戻ると俺は思う。秋葉が何年も諦めないで努力を続けた結果だ」

「そうだよ! やっぱり、諦めなければなんだってできるんだ! いつか、ぼくだって…………!!」

「うん……! うん……!」

 秋葉の柿渋色の瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。これまでの、いろんな感情が複雑に混じり合う。

 霊力がなくなったあの日から、辛いことしかなかった。家族からも里のみんなからも蔑まれて、悲しくて悔しくて。枕を濡らす夜のほうが多かった。

 でも。
 ほんの少しだけど、前へ進んだ。少しだけど、大きな一歩。
 鍛錬を続ければ、これからも、きっと。