「うわああぁぁぁっ!!」

 白銀(しろがね)は、必死の形相で叫びながら逃げていた。
 不貞腐れて涙目で山の小川沿いを進んでいたら、突如として式神の群れが襲って来たのだ。

「うわああぁぁぁっ!!」

 それらは獲物を仕留める前に遊ぶよう猛禽類のように、執拗に彼を追っていた。
 抵抗しようにも、地面を這いずることしかできない彼には、立体的に動き回る敵に対して為す(すべ)もなかった。

 一度、急接近してきた際に、龍の力で攻撃をしようと試みた。
 だが(つの)を持たない彼には、相手を打ち負かすような力は備わっていない。式神の端っこを少しだけ傷付けるだけで、再起不能にさせることはできなかった。

 悔しさと、悲しさと、やるせなさで涙が溢れ出してくる。
 同時に、このまま殺されてしまうのかと恐怖心でいっぱいだった。

「うぅ……」

 式神たちは、容赦なく紙の刃で彼の胴体を切り付けてくる。今の彼には抵抗すらもできなかった。

 止まらない涙を堪えるように、強く唇を噛む。
 ……無力な自分が大嫌いだ。

(ぼくはこのままやられちゃうの? 怖いよ…………)

「シロっ!!」

 そのときだった。秋葉が猛烈な速さで駆けて来て、白銀に(たか)っている式神の群れの中に勢いよく飛び込んだ。

 バサバサと、けたたましい羽ばたき音がする。式神たちは一瞬だけ散り散りになったが、すぐさま方向を正して秋葉たちに向かってきた。

「アキ!?」

「シロには指一本触れさせないわ!」

 秋葉は白銀の傷だらけの小さな胴体の上に覆いかぶさった。そして彼の身代わりとなって、式神たちの攻撃を一身に受け続ける。
 彼女の下で震えていた白銀は、血の滲んでいる白い肌が目に入って凍り付いた。

「アキ! ぼくは大丈夫だから! 君だけでも逃げて!」

 龍神の花嫁に――いや、本来なら己が守らなければならない存在に逆に守られて、彼は自分を恥じた。
 秋葉には霊力がない。でも、今この瞬間も必死で白銀(ひと)を守ろうとしている。
 その弱いけど力強い姿に、彼は胸を打たれた。

「なに言ってるのよ! 私は友達を置いて逃げたりしないわ!」と、彼女は己を鼓舞するように大声で叫んだ。

「たしかに私は弱いわ。悔しいけど、天界(ここ)ではまだ、みんなから守られる存在……。
 でも、自分の弱さを理由に逃げ続けるなんて……私が私を許せない……!」

「アキ……」

「絶対に負けるもんかぁぁぁぁっっーー!!」

 そのとき。
 秋葉は胸の奥に灼熱が生じたのを感じた。

 すると。

 ――カッ!

 瞬きよりも短く、秋葉の肉体が稲光のように強く光った。

「霊気が……!」

 秋葉に包まれている白銀は、一瞬だけ彼女が放つ強い霊気を感じ取った。同時に、彼女の身体にへばり付いている数十体の式神が消滅する。

 秋葉も己の霊力に気付いたようで、ゆっくりと目を見開いた。

(今のは……私の霊力なの……?)

 びりびりとした感覚が、秋葉を通じて白銀にも伝わった。この気は、黒龍由来なのだと彼はすぐに気付いて、にんまりと口の両端を上げた。

(黒龍様とアキの心は、もう繋がっているんだ……!)

「っ……!」

 しかし、まだ多くの式神が残っていた。
 秋葉はもう一度さっきの力を使おうと試みたが、霊力は今度はうんともすんとも言わなかった。二人とも徐々に体力の限界に近付いていくのを感じて、焦燥感が胸を突き立てた。

(もう駄目っ……。憂夜(ゆうや)……!)