「やれやれ。ざまぁねぇなぁ」

「無様ね、お父様」

 そのとき。
 夏純の眼前に、二人の人影が現れた。

 黒龍と、長女だ。二人とも小馬鹿にするように、薄笑いを浮かべて彼を見下ろしている。

「おまえらっ……がぁっ……」

 夏純は二人に怒りをぶつけようとするが、激しい痛みで動くことさえ困難だ。やっとの思いで憎き神を()め付ける。

 だが、黒龍はそれさえも楽しそうに口の端を上げた。

「どうだ? お前が望んだものをたっぷり与えたぞ」

「そんな……聞いていない……」

「はっ。あんなに喜んでいたじゃねぇか。金もたんまり儲けたんだろ? 俺のおかげでいい思いができて良かったなぁ〜」

「い、今すぐ……元に……」

「あー、無理無理。お前の器は、陰と陽の均衡が崩れた。てめぇ程度の霊力なら、二度と元に戻すことはできねぇよ」

「…………」

 夏純の表情が消えた。
 霊力は、陰と陽の二つの霊気を均一に体内に取り込み、術を練り外へと出す。そこには少しのずれも許されなかった。

 二つの均衡が崩れた途端たちまち肉体が(じゃ)に侵食されて、霊力者自身が力に呑み込まれて命を落としかねないのだ。

「邪……」

 最悪の事態が、彼の頭に過ぎる。
 昔、春菜がおかされた悪意の塊だ。これに取り憑かれたら、魂ごと存在が消滅してしまうのだ。

 憂夜は彼を安心させるように爽やかに笑ってみせる。

「あー、大丈夫大丈夫。さすがに秋葉の父親の命まで奪おうとはしねぇよ」

 次の瞬間、黒龍は真顔になり、彼を纏う神力が一瞬で氷点下まで冷たくなった。

「ま、お前はもう霊力が消えるだろうがな」

 信じられない言葉に、夏純の頭が真っ白になった。

「そんなっ……嘘だっ……」

「嘘じゃねぇよ。お前の器は神の力に耐えられず、その反動で霊力を失う。当然の(ことわり)だ。ま〜、命があるだけ有り難く思うんだな」

「お父様が生きてて私も嬉しいわ」

 にわかに秋葉が父の眼前に近寄って、にこりと可愛らしく笑った。

「私と同じ『無能』になるけど、頑張って!」

「っ…………」

 彼は愕然と(こうべ)を垂れる。いつの間にか涙が溢れ出て、ぐしゃりと顔を醜く歪ませた。

 無能。長女の秋葉に、父が散々投げてきた言葉だ。
 まさか、自分自身がそうなるなんて……。