「このっ――」

 気色ばんだ春菜が立ち上がり、右手を振り上げようとしたちょうどそのとき、

「秋葉、謝りなさい」

 父親の静かな声が、姉妹を引き裂いた。
 時が止まったように、姉妹は目を見開いて父を見つめる。だが春菜の口元は、微かに吊り上がっていた。

 数拍して、父の鋭い視線が秋葉を射抜いた。

「二度も言わせるな。春菜に謝るんだ」

 当主の言葉は絶対だ。ここにいる限り、消して逆らってはいけない。
 秋葉は諦めたようにふっと軽く息を吐いてから、妹に向かって頭を下げた。

「申し訳ございませんでした……」

 姉の謝罪の言葉に春菜は満足して「片付けも、お願いね?」とだけ言って食事に戻った。

 秋葉は俯いたまま、畳にこぼれた残骸を丁寧に拭き取る。悲しみが瞼を熱くしたが、彼女なりの意地でなんとか堪えた。

 最後は姉が妹に謝罪をして幕を下ろすのが常だった。

「……」

 妹の勝ち誇った視線を感じる。不意に、ズキリと胸が内側から棒でつつかれた気がした。
 もう吹っ切れたはずなのに、秋葉の心はたちまち重石を積まれたように沈んでいく。

 別に、妹の待遇が羨ましいわけじゃない。
 もとより物欲なんてない自分は、贅沢三昧の家族を呆れてはいるが、恨んでいるわけではない。

 ただ、家族の輪から弾かれたという残酷な事実に、時折り心が押し潰されそうになるのだ。
 結局、自分たち家族の繋がりは『霊力』という、目に見えないちっぽけなものしかなかったんだって。


 春菜の小さな身体には、『千人に一人』と言われているほどの、とてつもなく巨大な霊力が宿ってある。

 それは、かつては秋葉のものだったのに。