「先日も言ったが、陰と陽の均衡を崩すことはできないよ」

「っ……」

 再びの白龍から告げられた絶望的な返答に、夏純はがくりと項垂れた。
 落胆と同時に、黒龍への……いや、秋葉への怒りが込み上げてくる。自分がこうも窮地に陥ったのは、あの親不孝者のせいなのだ。

「黒龍は頑固者だからなぁ」と、光河(こうが)は困ったように肩を竦めた。

「で、ですが、このままでは人々に多大な被害が及ぶやもしれませぬ! 私は家門の(おさ)として、彼らを守りたいのです!」

 夏純はもっともらしい言葉を並べるが、本音は己の霊力が消えることに焦燥感を覚えていただけだった。
 折角、龍泉を守護する家門の主になって、娘二人が龍神の花嫁になり、野望はこれからというのに。こんなとこで躓くなんて。

 しかし白龍は、人間の形ばかりの心意気に応えることもなく、ひどく残念そうに眉を顰めるだけだった。

「気持ちは分かるが……。こればかりは私の力だけでは難しいね。神の(ことわり)は崩せないから」

「白龍様が(いかずち)で悪鬼から我々を救ってくださったように、なんとかしていただけませんか……?」

「雷?」

 驚きを示すように、光河の瞼の下がピクリと動いた。

「なんのことだい?」

「えっ……? 先ほど、結界を破って暴れ回っていた鬼を倒してくださったのではありませんか?」

 光河は少し思案してから、ふっと微笑んだ。

「なんだ、黒龍はちゃんと仕事をしているじゃないか」

「……と、おっしゃいますと?」と、夏純は目を(しばた)かせる。

「その雷は私ではない。となると、黒龍しかいない。きっと彼は、本気でここを潰すつもりはないんだろう。花嫁可愛さに、いたずらをしているようなものだ」

「はぁ……」

「大丈夫。誠意を持って向き合えば、彼は応えてくれるよ。ああ見えて情の深い(おとこ)だからね。――あぁ、春菜が呼んでいる。では、これで失礼するよ」

 そう言って、白龍は夏純の挨拶も受けずに消えていった。