夏純は龍泉を守護する四ツ折家の現当主だ。その彼からの攻撃にびくともしない眼前の鬼は、一体どれほど強い妖力を持っているのだろうか。
 それを想像すると、卒然と恐怖心が彼らの頭の中に浮かび上がってきた。

 今、この場に当主以上の霊力を持つ者は皆無なのだ。その主が敗れた今、妖を止められる者は誰もいない。

「うっ……うわああぁぁぁっ!!」

 一人の青年が慌てふためきながら逃げ出した。他の者は呆然と彼が小さくなる姿を見つめていたが、やがて我先にと走り出す。
 最後まで残っていたのは、忠義に篤い家令と、まだ起き上がっていない当主のみだった。

(この私の力が通用しないだと……!?)

 夏純の動揺は計り知れなかった。明らかに己より弱い相手に、いとも簡単に攻撃を防がれたのだ。これまでならあり得ない状況だった。
 彼は衝撃で立ち上がることも出来ず、茫然自失と霊力を放った両手を見るだけだった。

 一方、家令もあまりの驚愕に身体が痺れて一歩も動けなかった。
 先祖代々の四ツ折家の当主が守護していた結界がついに破れ、妖が侵入してくるなんて前代未聞だ。

 これは、龍泉に異変が起こっているに違いない。もしかすると、四ツ折家は神様に見捨てられたのかもしれない。そんな悪い想像ばかりが浮かび上がっていくのだった。

 二人が絶望に染まった、そのときだった。

 ドン、と大地を引き裂くような鳴動。それと同時に鋭い(いかずち)が、赤鬼の上に襲いかかった。
 バリバリと耳をつんざく音がこだまする。電撃が直撃した鬼は全身が黒く焦げ果てて、ばたりと大きな音を立てて倒れた。

「……!」

 夏純と家令は驚いた顔を見合わせる。数拍して、ゆっくりとぎこちない笑顔を作った。
 神はまだ我々を見捨てていなかった。やはり、我が家門は選ばれた存在なのだ。

(きっと春菜が白龍様に頼んでくれたのだな。やはり、頼れるのは可愛い娘だ。それに引き換え――)

 彼は長女の顔を思い浮かべて舌打ちをする。あれのせいで黒龍との関係を拗らせてしまった。無能がこれまで散々迷惑をかけておいて、恩を仇で返すとは……。

(こうなったら、白龍様に頼んで、龍脈の気を増やしていただくしかない……!)