「……。いや、大したことはねぇ。人間に呼ばれただけだ」
「お祭りでもないのに?」
「まぁな」
人間が儀式によって天界から神を呼ぶのはなにも特別なことではない。祭祀以外でも日常の些細なことで神に祈願する者も珍しくはないのだ。
だが、高位の神である龍神を呼ぶなんて、ただ事ではないのは秋葉も知っていた。
「ふぅん……?」
秋葉は目を細めてじっと憂夜を見る。これは疑っている視線だと、彼は少しだけ狼狽した。
(瑞雪のやつ、秋葉の実家から呼ばれたって言ってねぇだろうな……)
今回の件は、憂夜個人の復讐だ。可愛い花嫁を長いあいだ散々いびった仕返しなのである。
本当はあの生意気な妹にもやり返したかったが、あっちは白龍の息がかかってしまったので一先ず止めておく。
だが、向こうが秋葉に手を出したら倍にして報復してやる。――と、心に決めていた。
そのとき、秋葉の瞳がギラリと光った。
「私、知っているんですからね!」
「っ……」
彼女のあまりの剣幕に、彼は思わず視線を泳がせる。
「やっぱり! 隠してたのね!」
「な……なにが、だよ……」
にわかに憂夜の中で不安が生じた。
もしかして、生家への龍泉への気の放出を制限したことまで知られてしまったのだろうか。正義感の強い秋葉のことだ、「卑怯な真似をするな」と拳が飛んでくるかもしれない。
「瑞雪から聞いたわ! 憂夜がこっそり皇都へ行って、お寿司とか天ぷらとか美味しいものを一人で食べているって、知ってるんだからっ!!」
「…………」
想定外の追求に、憂夜は目を白黒させた。大きな驚きのあとに、安堵感とおかしさが込み上げてくる。
一方秋葉は、口を尖らせて眉を吊り上げてぷりぷりと怒っていた。
「憂夜だけずるい! 私も皇都で食い倒れの旅をしたいー!!」
「ぷっ……ぷぷっ……」
幼児のように拗ねる花嫁が可愛くて、思わず吹き出してしまう。
「なに笑ってるのよ! 私は本気なんですからね!」と、彼女が彼の胸を叩こうとするのを彼は楽しそうに捕まえた。
「あー、悪い悪い。――じゃあ、これから一緒に行くか?」
「えっ!? いいの!?」と、にわかに、彼女の瞳が爛々と輝く。
「あぁ。秋葉の好きなもんを食いにいこう」
「やったぁ! ありがとう! あっ、そうだわっ! シロと瑞雪も……」
「駄〜目だ。時間がねぇ。行くぞ」
そう言うと、憂夜は秋葉をふわりと持ち上げてパッとその場から消え去った。

