「あぁ〜〜ん? 知らねぇなぁ〜〜〜」
翌日、夏純は屈辱に耐えながらも、黒龍に龍泉の神力を戻してほしいと懇願した。
憂夜はあぐらをかいて姿勢を崩し、ゲラゲラとおかしそうに哄笑する。
これはわざとやってるなと夏純は確信したが、龍神を怒らせて神力を完全に止められたら困るので、ひたすら低頭して訴えかけた。
「どうか……どうか、お願いいたします……! 先日も、妖によって畑に被害がございました。これが続くと、里の者たちの生活も脅かされます。私は、この地の結界を張る者として、彼らを守らねばなりませぬ」
「はっ」
だが黒龍は、小馬鹿にするように鼻で笑う。
「なんで俺がお前なんぞの願いを聞き届けなければいけねぇんだ?」
「っ……」
神は人間界の気の量を調整するのが仕事だろうと、夏純は怒鳴り付けたくなるのをなんとか呑み込んだ。
「そこを何とか……」
彼は地面に擦り付けるように頭を下げた。こんな屈辱的な姿、従者どころか妻にも見せられないが、今回ばかりは仕方あるまい。我慢だ。
重苦しい沈黙が落ちる。そのあいだも、人間は土下座姿勢から微動だにしなかった。
一方神は、ひれ伏す人間の滑稽な姿を楽しんでいるようだった。
「お前らは秋葉のことを無能だと散々いびってきたよなぁ〜」
少しして、憂夜が口火を切る。夏純がはっとなって思わず顔を上げると、黒龍はニヤニヤと嫌らしい笑を浮かべていた。
「そ、それは……」
「あいつが無能ならば、お前らはさぞかし有能なんだろうなぁ〜?」
「……」
夏純が悔しそうな顔をして口ごもっていると、不意に黒龍の表情が消えた。次の瞬間、突如現れた刃のような鋭利な神力に、彼の心臓が凍り付いた。
「その無能娘の夫なぞに頼らずに、てめぇで何とかしてみろや」
底冷えするような恐ろしい声音に人間が縮こまって震えているあいだに、黒龍は黙って去っていった。

