「これは、黒龍側の問題だね」

 しかし白龍から返ってきた答えは、夏純にとって最悪なものだった。
 愕然と(こうべ)を垂れる義父に向かって、光河(こうが)は困ったように話を続けた。

「龍脈は光と闇、二つの神力(しんりょく)を均衡させた気を流している。ここの龍泉に注がれている黒龍の力が著しく少ない。私ではなく、彼に尋ねたほうが良いだろう」

「そんな……」

 夏純は絶望で視界が真っ黒になった。にわかに、嫁入りの日に受けた恐怖心が浮かび上がってくる。
 神の力は、人間には到底及ばない凄まじいものだった。黒龍がその気になれば、里一つなど容易に吹き飛ぶだろう。

 そんな彼は、秋葉のせいで自分たちに敵意を抱いている。
 果たして、願いを聞いてくれるだろうか。

「っていうか」

 そのとき、白龍の隣で仏頂面でずっと黙り込んでいた春菜が口を開いた。

「こんな下らないことで、いちいち白龍様を呼び出すのは止めてくれない? 迷惑だわ」

「なんだとっ……!」

 愛娘の無慈悲な発言に、父はたちまち気色ばんだ。

「下らないことではないっ! これは、四ツ折家の名誉がかかっているんだぞ!?」

「はぁ〜〜〜……」

 春菜は父の訴えなど嘲笑うように、大仰に長いため息をついてみせる。

「わたしは龍神の花嫁よ? 四ツ折のことなんて、もう関係ないわ」

「春菜っ! 親に対して、なんだその口の聞き方はっ! 」

「聞こえなかったの? わたしは龍神の花嫁なのよ。こんな些細なことにかかずらっている暇はないの」
「お前っ!」

 思わず娘に手を上げようとした夏純の動きに気付いて、光河はさっと花嫁を抱き寄せた。

「済まない、義父上(ちちうえ)殿。春菜は天界に来たばかりで、霊力が安定していない。なのに急に下界に呼び寄せられて、かなり負荷があるんだ。だから、あまり刺激しないでくれないか」

 穏やかな声音とは裏腹に、白龍の神力は圧を掛けるように夏純の肉体を重くさせた。

「……承知いたしました」

 四ツ折家の当主は、ただ平身低頭するしかできない。
 光河は義父を許すように軽く首肯してから、

「春菜も、今の言葉は良くないね。父上に対して無礼な態度を取ったらいけないよ?」

 と、花嫁に優しく諭した。

「もっ……申し訳ありません……! わたし……本当に身体が辛くて、つい……」

 春菜は父への横柄な態度から打って変わって、しくしくと悲しげに泣きはじめる。伏せられた長い睫毛が憐れみを誘って、光河は優しく抱きしめながら背中をさすった。

「見ての通り、彼女は今ひどく不安定な状態なんだ。悪いけど、もう休ませたいので失礼するよ」

 そう言って、白龍とその花嫁はパッと姿を消した。