「光河様っ!」
涙で顔を濡らしている春菜が立ち上がって、夫にひしと抱きつく。彼は優しく抱きしめて、心配そうに可愛い妻の頭を撫でた。
「どうしたんだい、春菜? 何かあったのか?」
「みなさん酷いんです……」
春菜の涙が再び溢れ出す。
「わたしが人間だからって、嫌がらせをしてくるんです。嫌いな食べ物を毎日出してきて、味も全く付いてなくてまともに食べられないし……」
「なっ……!」
女主人の出鱈目な発言に、紫流の顔がかっと気色ばんだ。
「先ほどは、味のことなどは言っていなかったではありませんか!?」
「だってぇ……。紫流様の剣幕が恐ろしくて言い出せなかったんです……」
「なんだって……!?」
「紫流」
光河の威圧するような声音が、殺気立った従者を咎めた。
「はっ」
目に見えない威圧に、頭を下げる。
「春菜は人間界から来て間もない。不慣れなことのほうが多いだろう。だから、君が率先して妻を助けてくれないかな?」
「……御意」
これは白龍の神の力なのか、精神的なものなのか。紫流の全身の筋肉が強張って、夫妻が部屋を去るまで一分も動けなかった。
主から怒りの気配を感じるのは滅多にないことで、ぴりりとした張り詰めた空気が喉元を締められる感覚だった。

