「あの者に何かされたのですか?」
遅れてやって来た別の女中たちに乱れた着物を直されながら、春菜は不貞腐れたように口を尖らす。
「あの子、わたしが嫌いな魚を出したのよ。しかも二日連続で」
「……」
そんなことでこのような騒ぎを起こしたのかと、彼は半ば呆れた様相で女主人を見た。
神の世界からの追放は非常に重い。それは当人は勿論、一族の名誉にも関わるのだ。それこそ一生の。
それを、こんな簡単に。下らない理由で。
百歩譲って、食物の過敏症を狙って暗殺を企てたのならば追放も止む無しだが、児戯のようなただの好き嫌いとは……。
「あの者に他意はなかったのでしょう。光河様のご加護の鮮魚は、特別な意味合いがございますから」
「聞こえなかったの? 龍神の花嫁のわたしが嫌いって言ったの。こんな侮辱、不愉快極まりないわ」
春菜の鋭い視線が、紫流に向けられる。それは脅迫の意味合いがこもっていた。
「申し訳ございませんでした。私の不手際です」
心の隅に浮かんだ疑問を押し殺して、彼は深々と頭を垂れる。理由はともあれ、白龍の最側近である己が責任を取らないといけないと思った。
「酷いわ。わたしが人間だから、意地悪をしているのね」
すると春菜は、さっきとは打って変わってぽろぽろと涙を流しはじめた。
人形のような大きな瞳から溢れ出る涙はとても儚げで、彼には不思議と罪悪感が生じてくる。
「い、いえ……我々は、そのようなことは……」
「何をしているんだい?」
その時、騒ぎを聞きつけた白龍――光河がゆったりとした足取りで部屋に入ってきた。
いつも瞳は閉じている中でも穏やかな表情をしている彼だが、微かに眉間に皺が寄っているのを紫流は見逃さなかった。

