「旦那様、奥様、お嬢様、おはようございます」
屋敷の使用人一同の声が重なる。
お膳の上には豪華な食事が並べられていた。白飯に一汁三菜。それから少量の甘味または果物。これが四ツ折家の主人たちの朝食である。
使用人たちは仕事の手を一時止め、主たちへの朝の挨拶に向かうのが慣例だ。
当主の四ツ折夏純、妻の冬子、そして次女の春菜《はるな》。
三人が揃うと、下座にずらりと並んだ使用人たちは畳に頭を押し当てて、朝の挨拶をするのだ。
(あぁ〜、お腹すいた……。どうせ紋切り型の言葉を並べるだけなのに、何で毎朝こんなことをしなくちゃいけないのかしら。阿呆らしいわ〜)
大勢の使用人たちの中には、長女の秋葉の姿もあった。彼女は後列に正座して、気怠そうに周囲に合わせて首をかくんと動かしている。
「お前たち、今日も一日励みなさい」
当主のくだらない一言で、やっと解放される。本当に無駄な時間だと思った。
父親のこういった権威を示したいだけの行動が、昔から彼女にはさっぱり理解できなかった。
「!」
不意に、妹の春菜と目が合った。くすりと彼女の口の端が吊り上がって、秋葉は嫌な予感がよぎった。
春菜は可憐な少女だった。ぱっちりした瞳に長い睫毛。明るい栗色の巻毛に、枝のようにか細い手足は、以前一度だけ見た外国の人形にそっくりで。
桃色を基調にした花柄の鮮やかな小紋が、秋葉の薄汚れた木綿に比べて別の世界のように眩しかった。
「おつけを作ったのは、だぁれ?」
にわかに、春菜の鈴を転がした声が響く。その瞬間、下座にはぴりぴりとした空気が走った。可愛らしい声の中に含まれた毒に、彼らは気付いていたのだ。

