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「わたし、お魚は嫌いって言ったわよね?」
「で……ですが、白龍様のご加護のある河川で穫れた魚は、奥様の霊力を上げる自然の気が多く含まれており――」
「早く下げなさいよ! 不愉快よ!」
「きゃっ!」
ガッシャーン、とけたたましい音が鳴り響く。春菜が勢いよく投げた皿が割れたのだ。
恐怖で崩れ落ちてしくしくと涙を流す女中に、春菜は容赦なく追い打ちを掛ける。
「不快な気分だわ……。あなた、もう二度とわたしの前に現れないでね?」
冷酷な言葉がその女中に浴びせられ、彼女から表情が抜け落ちた。女主人の前に二度と姿を現せないということは、この屋敷から立ち去らなければならない。
それは『神の世界からの追放』という意味なのだ。栄誉ある白龍の臣下からの脱落。もう、この世界ではもう生きていけない。
神の居場所から離れ、妖か、人間界に身を潜めないといけない。
「おっ……奥様……」
女中はふらふらと立ち上がったかと思ったら、
「きゃっ!」
突如春菜に飛び付いて、泣き喚きながら縋り付いた。
「どうか……どうかお慈悲を!」
彼女の掴んだ両腕が、春菜の二の腕をきつく絞っていく。
「どうか、どうかお許しください……!」
「痛いっ……! 離しなさい! ――誰か!!」
「春菜様!」
次の瞬間、紫流が駆け付けて、すぐさま女中を引き剥がした。
龍族の彼は、光河の最側近で、屋敷の家令も務めていた。
色白で線が細くどこか儚げな主とは正反対で、武闘派でやや浅黒い肌の彼は、黒髪の短髪と桔梗色の瞳が雄々しかった。
「お怪我はございませんか!? ――おい、この者を捕らえよ!」
彼の命令で、たちまち女中は扉の外へ引きずられていく。彼女はそのあいだも、必死の形相で女主人に許しを請うていた。

