「はぁ……」

「あっ、そうだそうだ」

 まだ釈然としない狐宵を気にせず、憂夜は打って変わって妙な明るい声音で言った。

「これまで秋葉を育ててくれた両親には、たんまり礼をしないといけねぇなぁ〜」

 主の妙に弾んだ声と、何やら良からぬことを企んでいるような含み笑いに、狐宵は嫌な予感を覚えて顔を引きつらせる。

「憂夜様……神々の(ことわり)を乱すような行為はなさらないでくださいませ」

「はっはっは。俺がそんな馬鹿な真似をすると思うか〜?」

「貴方様ならやりかねないから、こうやって進言をしているのです!」

「真面目だなぁ〜、狐宵は〜」

「憂夜様が不真面目すぎるのです!」と、彼は声を荒げたあとに深いため息をついた。

 この主様は、いつも自由奔放すぎるのだ。今日だってちょっと目を離した隙に、一人で下界へ赴いて花嫁を連れて帰って来るし。

 いや、今日だけではない。
 白銀(しろがね)を拾ってきたときだって、いつの間にか瑞雪が住み着いたときだって、主の気まぐれで決まったのだ。
 ……まぁ、結果的にはいつも良い方向へ向かうのだが。

「まぁ、あれだよ、狐宵」

 憂夜は従者の密かな悩みなどどこ吹く風で、いたずらっぽく笑った。

「俺は神だが万能じゃねぇ。疲労が溜まって、仕事が疎かになる日もあるってことよ」

「…………はぁ」

 主がこれから何をしようとしているのか察した彼は、またぞろ深いため息をつくのだった。
 憂夜は足取り軽く去っていく。ぽつねんと残された狐宵は、所在なさげに窓の外の夜空を見上げた。

 今日は新月。物事のはじまりの日だ。
 それが悪い出来事の始まりではないと良いが…………。