「あ……」
今日はいろんなことが起こったから、すっかり忘れていた。
霊力がある頃に、白龍の花嫁に選ばれた。力を失い神の御印が春菜に移っても、今日のこの日のために霊力を取り戻す努力を続けていたんだっけ。
秋葉は気まずそうに視線を泳がせながら、ぎこちなく首を傾げた。
「あ〜……そう言えばそうだったかも。もう忘れちゃった、かも……?」
「おい」
ガクッと、彼は脱力して頭を垂れた。勇気を振り絞って尋ねたのに、あっけらかんとした答えに拍子抜けだ。
でも、じわじわと嬉しさが込み上げてくる。
「……お前、白龍のために、ずっと鍛錬を続けていたんじゃないのか?」
「それはそうだけど……。でも、自分のためでもあったんだと思う。理不尽な運命に屈するもんかーって。それに……」
秋葉は少しだけ顔を曇らせた。
「それに?」
彼女の本音を早く聞きたくて、彼は思わず続きを促してしまう。
「それに……ね? 薄情かもしれないけど、今の私は、白龍様の花嫁になりたいんじゃなくて、もう一度みんなに自分の存在を認めてほしかっただけなんだと思う。
霊力が消えてから、周囲の人たちの態度が一変したのが怖かった。果てしない孤独が、いつも私を追いかけていたわ」
憂夜は微かに唇を噛んだ。まだ幼かった彼女に、あの仕打ちは地獄だったろうと想像に難くない。
どんなに自尊心を奪われ、どんなに悲痛だっただろうか。
「でも、同時に反省しなきゃいけないことに気付いたの。私は霊力しかなかった。それ以外に人を惹き付けるものを持っていなかった。きっと力に自惚れていたのね。もしかしたら傲慢だったのかもしれない。
だから、霊力を取り戻して、その力を人のために使いたいって今は思うわ。それは白龍様とは別の話よ」
憂夜は大きく目を見開く。彼女は過酷な環境の中で、心が腐ることはなかった。いつまでも前を向いて、堂々と戦っている。
そんなところが愛おしいと感じた。
「……妹のことは恨んでないのか? お前の霊力が消えたのは、あれを助けたからだろう?」
おそるおそる、彼はもう一つの疑問を投げかける。
あの日、不穏な気配を感じて下界へ降りてみたら、秋葉が妹を救う場面に出くわした。彼から見てももう駄目だと感じた妹が、奇跡的に命を吹き返した。
それは同時に、秋葉が霊力を失うことだったのだ。
「……春菜を助けたことは後悔していない。だって、大切な家族なんですもの」
「俺がお前だったら妹を張り倒してるけどな。『てめぇなんてことしてくれたんだー!』って」
憂夜の少しおちゃらけた様子に秋葉はくすくすと笑って、
「私の霊力がなくなったのは、あの子のせいじゃないわ。偶然よ。そういう運命だっただけ」
「そうか。秋葉は強いな」
「そう?」
「あぁ。強い『魂』を持っている。さすが俺の花嫁だ」
「……ありがと」
再び憂夜は秋葉を腕の中に閉じ込めた。彼女も彼に身を任せる。
心地良い沈黙が流れた。この時間をこれからも大切にしたいなと彼女は思った。

