「遅いよ、何やってんだい!」

「ごめんなさい! すぐ取りかかります!」

 秋葉の朝はまだまだ続く。今朝は体術の特訓に集中しすぎて、朝食の準備に遅れてしまった。
 彼女は薄汚れた割烹着をさっと羽織って、急いで持ち場についた。

「ったく……。お前は『無能』なんだから、せめて仕事くらいはちゃんとしておくれよ」

「は〜い」

 気の抜けた返事をする。その声音には、もはや何の感情も宿っていなかった。
 これは諦念なのかもしれないし、もう、どうでもいい。周囲に期待をしても無駄なのだから。

 秋葉たちが用意している朝食は、旦那様あるいは(・・・・)お父様、奥様あるいは(・・・・)お母様、そしてお嬢様あるいは(・・・・)妹の春菜――この三人への栄養満点で上等な食事。あとは使用人たちへの賄いだ。

 この賄いにも等級がある。屋敷内での地位が高い者ほど、主人たちの食事内容に近いものを口にできるのだ。

 秋葉は、質の悪い麦飯のおむすびとたくあん二切れ。これらは一番下っ端の者たちの食事だった。
 でも麦飯は栄養があるし、僅かながら塩も振ってある。それに、たくあんだって噛みごたえがあって美味しいし、彼女にとっては文句のつけようのない朝食だ。
 たまに、焼きたての魚や温かい味噌汁が恋しくなる日もあるけれど。

「ほら、無能。もたもたやってるんじゃないよ。早く行くよ」

「あっ、はい!」

 そんな使用人たちの朝食は、もっと後の時間だ。
 まずは主人たちに食事を出し、それから家令や侍女長などの位の高い者。秋葉たち下女の食事時間は、いつも昼に差し掛かっていた。