黒の花嫁/白の花嫁


「黒龍様ぁ〜〜〜!」

 ――シュルシュルシュル!

 そのとき、秋葉の背中にポンと何かが触れたかと思うと、するりと彼女の腕の上を這った。

「いっ……!?」

 首筋に冷たさを感じて、ぞくりと背筋が凍る。
 この、ひんやりつるりとした感覚は……。

「この女、誰? 人間?」

「ぎゃあああっ!!」

 出し抜けに耳元で声が聞こえて、秋葉は驚きのあまり飛び上がった。

「おい、暴れるなよ人間。ぼくが落ちちゃうだろ!」

「へ、へ、蛇っ!?」

 それは一尺あまりの長さで、蕎麦打ちのめん棒ほどの太さの白蛇だった。
 胴体の色は銀光りする白藍(しらあい)で、瞳は夕日に照らされた銀杏の葉のような黄朽葉(きくちば)色だ。
 大きな目玉がギョロリとしていて、意外にも可愛らしい顔立ちをしていた。

「蛇じゃないっ! ぼくはれっきとした龍だぞ!」

「えっ、そうなの? それは失礼……」

「こ〜ら!」

 憂夜はひょいとそれを掴んで、自身の左肩の上に乗せる。龍は嬉しそうに彼の頬に頭を擦り付けた。

「彼女は秋葉。俺の花嫁だ」

「へぇ〜黒龍様の花嫁なんだぁ――花嫁ぇっ!?」

 小さな龍はギョロ目をさらに大きく見開いて、ピンと胴体を伸ばして固まった。

「秋葉、こいつは白銀(しろがね)。龍の子供だ」

「あら、まだ子供なの。だから蛇みたいなのね」

 龍と分かって、秋葉はほっと胸を撫で下ろす。蛇は若干苦手だが、龍なら大丈夫……だと思う。
 どう見ても縁起の良い白蛇にしか見えないけれど。

「私は秋葉よ。よろしくね」と、彼女は握手をするように手の平を差し出した。

 白銀は警戒するように彼女の荒れ果てた手をじろじろと見てから、

「ぼくは白銀。みんなはシロって呼ぶよ」

 コツンと彼女の手に頭突きをした。それが『お友達』の合図かのように、一瞬で警戒心を解く。
 そして興味津々に秋葉を見つめながら言った。

「本当に秋葉は黒龍様の花嫁なの?」

「そうみたい」

「花嫁はもっとキラキラしてるって聞いたよ」

「わ、悪かったわね」

「それに、霊力もないし」

「昔はあったのよ」

 秋葉は残念そうに軽く肩を竦めたが、すぐに姿勢を伸ばして強い眼差しで言い放った。

「でも、すぐに取り戻してみせるわ」

「っ……!」

 白銀の丸い瞳が、秋葉に呼応するようににわかに光を帯びた。

 ――ぴょんっ!

「わっ!」

 次の瞬間、彼は秋葉の胸に飛び込んだ。そして嬉しそうに彼女の頬に顔を擦り付ける。
 くすぐったくて、可愛らしくて、彼女はそっと彼の体を撫でた。ひんやりぷにっとして触り心地が良い。

「うんっ! これからよろしく、アキ!」

「どうやら、もう友達になれたみたいだな。――よぅし! シロ、お前に頼みがある!」

「なぁに? 黒龍様」

 憂夜はもったいぶってコホンと一度咳をしてから、

「重大な任務だ。お前は今日から秋葉の護衛だ。彼女の身の安全を守るんだ。できるな?」

 にわかに白銀の瞳に情熱の炎が灯る。

「うんっ! ぼく、頑張るよ! 今からぼくは、アキの護衛だ!」

「秋葉、シロは小っこいが龍の力を持っている。きっとお前の役に立つはずだ。……多分な」

「ありがとう」と、秋葉は頷く。可愛らしい相棒ができて嬉しく思った。

「小っこいって言うなー!」