「ねぇ、大丈夫?」

 はっと我に返ると、秋葉が心配そうに憂夜の顔を覗き込んでいた。彼女と目が合うだけで、穏やかな気持ちが込み上げて来る。

 今は、花嫁を大事にすることだけを考えることにしよう。
 ……自分も彼女と一緒なら、前向きに生きれそうな気がするから。


 憂夜は茶化すようにへらへらしながら言う。

「あー、悪い。初夜のことを考えてたわ」

「はぁっ!?」

 生々しい単語に、秋葉の顔はみるみる上気していった。

「ばっ……馬っ鹿じゃないの! そ、そんな変なこと、考えないでよっ!」

「変じゃねぇだろ。俺たち、夫婦(めおと)なんだからな」

「もうっ、嫌らしいんだから!」

「嫌らしいって、どんなことが?」

 憂夜がニヤニヤと笑みをたたえながら、秋葉にずいと顔を近寄せて尋ねた。
 彼女はさらに顔を真っ赤にさせて、ぱくぱくと口を開閉させる。その様子が金魚みたいに可愛らしくて、彼はたまらず彼女の頭をぽんと撫でた。

「――じゃ、そろそろ行くか」

「う、うん……?」

 憂夜は花嫁に向かって左手を差し出す。秋葉は花婿の伸ばした手を、しっかりと捕えた。
 ひんやりとした心地良い手。でも、奥からは燃え盛る熱情も感じる。

 不意に、春菜と目が合った。途端に妹の目つきが鋭くなる。憎悪に燃えている薄茶色の瞳を、秋葉は冷静に見つめ返した。
 彼が隣にいるからだろうか、不思議と頭の中は穏やかだった。

 妹の隣には白龍がいた。彼の表情からはなんの感情も読み取れなかった。きっと彼は、霊力のない自分に対してなんの感情も持っていないのだろう。

 期待して何年も鍛錬を続けて過ごしていた己が馬鹿だったのだ。
 でも、彼を待つあいだの努力は無駄ではなかったと、今は思う。

(あの日、あなたに出会えたおかげで、今の私があるわ。

 ……ありがとう)

 彼女は心の中でそっと礼を述べる。苦しいことばかりだったし、今後もどうなるか分からない。
 でも、自分は強くなった気がする。それだけでも収穫だった。

 だから。

 『ありがとう』は、私のけじめ。



「白龍……。お前、絶対に後悔するなよ」

「そっちこそ。霊力のない花嫁で大丈夫なのかい?」

「はっ。お前は本当に女を見る目がねぇなぁ〜。住処に閉じこもってばっかだからだぞ」

「私は君みたいにしょっちゅう人間界で遊び歩いたりしないよ」

「……達者でな」

 黒龍と白龍は花嫁を抱えながらそれぞれ踵を返す。
 足音からは、決別の声が聞こえた。