(なんなの、これは……)

 盛り上がる二人の側でぽつんと取り残された春菜は、怒りでわなわなと細い肩を震わせながら、秋葉を睨み付けていた。

(ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな……!)

 こんなの、ありえない。

 龍神様の花嫁はわたしだけなのに。
 わたしこそが選ばれた存在なのに。

 『千年に一人』の人間は、わたしだけのものよ!!


「ふざけないで!!」

 次の瞬間、春菜の放つ霊力波が秋葉に向かって一直線に飛んでいく。並の霊力者なら避ける時間もないそれを、憂夜が片手で悠々と受け止めて握り潰した。

「おい、何しやがる」

 春菜は血走った目を剥いてがなり立てる。

「なぜ無能のお姉様まで龍神様の花嫁になるの? こんなの、おかしいわ! 選ばれるのはわたしだけよっ!!」

「春菜……」

「龍神様の花嫁は一人でいいの! わたしだけなのっ!!」

 耳をつんざくような金切り声と同時に、春菜は姉の身体に飛びかかった。しかし、すぐさま憂夜に引き剥がされる。

「お前……。さっきから、俺の花嫁になにやってんだ?」

「ぐっ……」

 掴まれた手首が、ぎりぎりと締め付けられた。黒龍の手からは、霊力ではなく神力が流れてくる。ぴりぴりするそれは、体内の霊気を急激に沸騰させられた感覚を持ち、彼女は生まれて初めて恐怖を感じた。

「黒龍。君こそ、私の花嫁に手を出さないでくれないか」

 光河が静かに春菜を自身に抱き寄せた。途端に彼女の体内の霊力が凪ぐ。だが身体の震えは止まらなかった。

「彼女に危害を加えたら、たとえ君であろうと許さない」

 一瞬で二人のあいだの空気が変わった。今にも切れそうな細い糸のように張り詰めたそれは、彼らの別離を暗示していた。

「はっ」

 数拍して、憂夜が呆れたように鼻で笑って逼迫した空気を壊した。

「……お前には、ちゃんと見えていると思っていたんだがな」

「どういうことだ?」

「花嫁をしっかりと見ておけってことだよ」

「彼女の霊気は昔から変わっていない」

「……」

 憂夜はしばし思案する。そうだ、変わっていない。あの妹の持つ人間にしてはとてつもない霊力は、幼い秋葉が持っていたものと全く同等のものだ。

 双子とは表裏一体。実際に、歴史上では双子の霊力が反転した例もある。微妙な霊気の均衡の乱れで、力が行き来することも良くあるのだ。

(だが……この違和感はなんだ)

 秋葉には確かに霊力はない。どんな人間にも多かれ少なかれ霊気は宿るというのに、彼女のは一滴たりとも残っていなかった。
 だが、空っぽの底に、燃えたぎる『なにか』を感じるのだ。

 そして妹のほうは、神でも(あやかし)でもない……おぞましいものを感じる。
 黒龍は、夜や闇を司る龍神だ。そんな己でさえも不快に思うような、底知れぬ闇を感じるのだ。