「素晴らしい!」
「凄いわ、秋葉!」
出し抜けに、秋葉の両親――夏純と冬子が、えびす顔で娘に近付いてきた。
「まさか無能のお前までもが龍神様の花嫁に選ばれるとは……。二人とも家門の誇りだ」
「本当ね。娘が二人とも神様に嫁入りできるなんて、なんて光栄なことかしら!」
「は……?」
対して秋葉は表情が消えて、冷ややかな視線を両親に送る。彼らの貼り付けたような笑顔が薄気味悪かった。
これまでさんざん『無能』だと罵ったくせに。離れの納屋に放り込んで、家族として接してくれなかったくせに。
最初はただただ悲しくて、何度も本邸の門を叩いた。その度に頬を打たれて、無理矢理連れ戻されて、お仕置きと称して数日間閉じ込められ食事も与えられなかった。
(なのに、誇り? 光栄ですって? …………反吐が出る)
秋葉の表情が強張っていく。すると憂夜は彼女を宥めるように、肩を掴んでぐいと引き寄せた。
「俺が嫁に迎えるは、秋葉個人だ。家門は関係ない」
その言葉に、秋葉は弾かれるように顔を上げて彼を見る。
無能の自分を、初めて一人の人間として庇ってくれたひとがいたことに、ひどく感動して泣きそうになった。
「で、ですが、黒龍様。この子は私達の娘で――」
次の瞬間、天を切り裂くような雷が、轟音を鳴らして屋敷に落ちた。凄まじい勢いで大地が揺れた。
「もう一度言う」
鋭い稲光に憂夜の顔が照らされる。冷酷な視線の奥に激しい怒りが宿っていて、両親は心臓を鷲掴みにされたように生きた心地がしなかった。
「秋葉は俺の嫁だ。二度と彼女に近寄るな。これ以上あいつを傷付けたら、ただじゃおかねぇ。
……分かったな?」
「ひっ……」
「か、かしこまりました……!」
怒る龍神を目の当たりにして、あまりの恐怖に両親は腰が抜け、へなへなとその場にへたり込んだ。その様子がひどく滑稽で、秋葉は思わずぷっと吹き出してしまった。
「なに笑ってんだ」
憂夜が肘でツンと彼女の腕を突っつく。ついさっきとは打って変わって、彼女を見る瞳には優しさをたたえていた。
「だって、呆気なく終わっちゃったから。ずっと悩んでいた自分がなんだか馬鹿みたいだなって思って、なんだかおかしくて」
「……悪い。お前に許可を貰ってから啖呵を切れば良かった」
「ううん。私の代わりに怒ってくれて、ありがとう」
秋葉はくるりと振り返って、両親に頭を下げる。
「今まで育ててくださって、ありがとうございました。でも、今後は黒龍様のおっしゃる通り、あなたたちとは一切関わりません。さようなら!」
これで両親とは決別だ。もう顔も見ることもないだろう。
でも、なぜだか心は晴れやかだった。濁った世界から、やっと解放された気分。
冷たい秋の風が、彼女の肌を心地良くくすぐった。

