黒の花嫁/白の花嫁



「待って!!」

 次の瞬間。
 秋葉が息せき切って二人のもとへ駆けてきた。
 光河はぴくりと眉を動かし、春菜は眉間に皺を寄せて顔を強張らせる。

「龍神様、私です! あの日の契約……覚えていませんか!?」

「……」

 光河は声の主のほうへ顔を向けた。見えてはいないが、まじまじとその少女を見つめる。
 そこからは、全く霊力を感じなかった。

 秋葉は彼の無反応にひどく傷付きながらも、めげずに話しを続けた。

「十年前、怪我をしているあなたを、私の血で――きゃっ!」

「ちょっと、いい加減にしてくれない?」

 いつの間にか花婿から離れていた春菜が、秋葉を思い切り突き飛ばした。
 まだ湿ったままの土が、秋葉の着物を泥で汚す。顔を上げると、妹の冷ややかな視線が彼女を射抜いていた。

「なにするのよ!」

「それはこっちの台詞よ? 霊力のないお姉様が、龍神様の花嫁になれるわけないでしょう?」

「でも、私は契約を――」

「契約? なら、その御印は? 身体のどこにあるの? 見せてくれる?」

「そ、それは……」

「ほら、契約なんて最初からしてないんでしょう? いくら私が羨ましいからって、盲言を吐くのはみっともないわ。可哀想な人……」

 春菜の蔑みの言葉が、秋葉の胸を深く抉っていく。途端に絶望が襲いかかって、彼女の目の前は真っ暗になった。

 盲言なんかじゃない。
 あの日、確かに龍神様に血を分けたのに。
 『契約』って言われたのに。

 そのとき、秋葉と光河の目が合った気がした。今も閉じている彼の瞼の下から、困惑や憐憫の感情が嫌でも読み取れる。

「う……うぅっ……」

 ついに、彼女の瞳から涙が溢れ出した。

 なんで、こんなことになったのだろう。
 なんで、自分の霊力はなくなって、春菜にいってしまったのだろう。

 妹を助けたことは、後悔していない。それが、人として当然のことだと思っているから。
 でも、その代償がこんなことになるなんて。

 私、何か悪いことをしましたか?
 なんで、私の霊力は消えてしまったの?
 なんで、家族は私のことを……。

 もう泣く以外には、なにもできなかった。
 霊力を回復させるために修行に励んだ日々も、冷淡になった家族から認められたいと頑張った日々も、全て無駄だったのだ。