丁寧に白粉(おしろい)を塗って、仕上げに鮮やかな紅を唇に引く。清楚な白無垢に包まれた雪のような白い肌に、赤い口元が艶やかに映って、花嫁の美しさを一層引き立てていた。

「春菜、とても綺麗だわ」

「あぁ。龍神様の花嫁に相応しい」

「ありがとうございます。お父様、お母様」

 春菜がにこりと微笑むと、ぱっと周囲を明るく照らす。それはまさしく春の風が吹いたみたいだった。

 つくづく、秋に生まれたのが腹が立つ。春のほうが断然美しいのに。
 父は、最初に生まれた姉を『秋葉』。対として妹を『春菜』と命名したらしい。

 忌々しい秋。春は世界の始まりを告げるのに、秋はただ死を迎えるのを待つだけだ。

(……ま、今日で『秋』は本当に終わるけどね)

 大声で笑いたくなるのを必死で堪えた。早く、姉の惨めに沈む姿を見たいと思った。

あの日(・・・)……一生懸命頑張って良かった…………)



 その時。
 けたたましい雷鳴が轟き、大地が割れるほどに激しく揺さぶった。同時に、滝のような大雨が降り注ぐ。

 龍神の来訪を示す合図だ。

 春菜と両親が急いで屋敷の外へ出ると、もう雨が上がって太陽が顔を出していた。中庭はさっきの轟音からは想像もできないくらいに、春のような穏やかな空気に満ちあふれていた。
 その中央に立っていたのは――……。

「龍神様!」

 その青年は、息を呑むような美しさだった。
 白皙の美貌に銀色の長い髪が神秘的で、閉じられた瞳からは、優しさが溢れ出ている。
 長身だが細身の身体が、どこか中性的な雰囲気を帯びていた。

 春菜は、ぬかるみも気にせず一目散に龍神のもとへ駆け寄る。そして勢いよく抱きつくと、彼はふわりと優しく受け止めた。

「会いたかったよ。私は白龍。名は光河(こうが)だ。君の名は?」

「春菜と申しますわ、光河様。あぁ……わたしは今日という日をどんなに待ち望んでいたか……」

 白龍はいつまでもしがみつく春菜の額の、神の印をそっと撫でて微笑んだ。

「この霊力……。あのとき(・・・・)と変わっていない。活き活きとした素晴らしい霊気だ」

「光河様のために、霊力を磨いてまいりましたの」

「では、儀式を――」