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「うわぁ〜! すごい! 賑やかね!」
今日は、人間界では新嘗祭が行われている。この日は、全国の神社で神に新米を献上して、五穀豊穣を祈るのだ。
人間の祭祀に合わせて、神や妖たちの世界も、各地で祭りが催されていた。
ここは皇都に近く、多くの種族の者たちが集まっていた。
「見て、アキ! 焼き芋が売ってる! あっ! あそこはりんご飴!」
秋葉の肩の上で白銀がはしゃいでいる。今日は憂夜からお小遣いをたんまり貰ってきたのだ。春菜から白龍の宝玉を奪還した特別賞与だ。
「そうねぇ〜。どれから食べようかしら? みんなはもう決めた?」
「私はやはりかき氷ですかねぇ〜。ん〜、故郷の味! 懐かしいなぁ〜」
「あんな極寒の地でかき氷なんて食べたら凍え死にますよ……」
「そっか〜狐は寒いの苦手ですよね〜。冬眠しますし」
「しません」
瑞雪と狐宵も楽しそうに歩いていた。
「おい、すぐに花火の時間だぞ。食いもんは後でな」と、先頭を歩く憂夜が振り返る。
「「「えぇーー!」」」
憂夜は後ろでぶーぶーと文句を言う三人を無視して、狐宵とともに足早に進んでいった。
ドン、と大地を揺らす大きな音。闇夜にパッと明るい花が堂々と咲き誇る。幻想的な光景に、その場の誰もが顔を上げて見入っていた。
「綺麗ね……」
「あぁ」
秋葉と憂夜は、二人並んで夜空を見つめていた。
腹にくるほどの重厚な一音、耳を心地よくくすぐるバチバチと細かい音。視覚と聴覚に訴える芸術作品に同時に「ほう」とため息を洩らす。
ふと、隣に立つ相手がどんな表情で見上げているのか気になって、合間にちらりと横目で見ると、
「「!」」
ばっちりと目が合った。
「ちゃ、ちゃんと花火を見なさいよ」
「お、お前もな」
また同時に視線を逸らす。二人とも顔を赤らめて、照れていた。
しばらく沈黙が流れる。
花火のはらはらと落ちていく音が、耳に心地良かった。
「ねぇ、憂夜」
少しして、秋葉が口火を切る。普段より落ち着いた声音と柔らかい表情に、彼はどきりと心臓が跳ねた。
「ん?」
「初めて出会ったとき、『余りもの同士、仲良くやろう』って言ったの、覚えてる?」
「あぁ〜、そんなこと言ったっけな〜〜?」と、彼はすっ惚けてみせた。
あの時は格好つけてそう言ったが、本音は彼女を救いたくて必死だったのを今でも鮮明に記憶している。
秋葉はそんな彼の心情もお見通しなのか、「ふふっ」と優しく微笑んでみせた。
「私たちは『余りもの』なんかじゃないと思うわ。きっと最初から『魂』で繋がっていたのよ。ね、だから巡りあったの」
「っ……!」
にわかに憂夜は秋葉の腰を抱いて身体を引き寄せた。
そして、おもむろに彼女の顎を引き寄せて、
「んっ……!」
紅く小さな唇に、そっと接吻をした。
それはたったの数秒間だったが、秋葉はとてつもなく長い時間に感じた。
ゆっくりと二人の唇が離れる。
「俺もそう思う」
彼はニヤリといたずらっぽく笑った。
彼女は顔を真っ赤にさせて俯く。花火の弾ける音より、己の鼓動のほうがうるさく鳴っていた。
「も、もうっ! 誰かに見られたらどうするの!」
「どうせ花火を見てるだろ? 見られてねぇって」
「馬鹿っ!」
彼女は彼の胸元を両手でトンと叩く。
「おっと!」
彼はそれをがしりと捕まえて、もう一度口づけた。
今度は優しく、そしてむさぼるように求め合った。
何発目かの花火でやっと唇が離れる。
しばらく見つめ合って、それからはにかんで微笑んだ。
その様子を、狐宵と瑞雪と白銀の三人が、背後から生暖かい目で見ていたのだった。
黒龍と黒の花嫁の新婚生活は、これからはじまるのだ。
『魂』の繋がった、夫婦の物語が。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
厚く御礼申し上げます。
2025/10/26 あまぞらりゅう

