「なにするの!!」

 どすりと鈍い音が蔵に響いた。
 宴の準備に参加しようとお勝手にやってきた秋葉は、突然数人の男女に攫われて、屋敷の離れにある古びた蔵の中に放り込まれてしまったのだ。

 家令が汚物を見るように秋葉を見下(みおろ)す。昔はあんなに優しい眼差しをくれていたのに、冷淡な視線に彼女はぞくりと粟立った。

「旦那様の命令だ。今日は四ツ折家にとって大事な日なので、儀式が終わるまで無能はここにいなさい」

「なっ……なんで――」

「旦那様から、『一族の恥は絶対に表に出るな』との伝言だ」

 秋葉が抗議する前に、重い蔵の扉が閉じた。ガチャリと鍵のかかる音がする。一瞬で太陽の光が消えて、辺りは真っ暗になった。

「ふぅ……」

 彼女のため息が、蔵に貯蔵された穀物によってかき消された。
 声を上げて人を呼ぶのも億劫だった。彼らは既に去っただろうし、ここで叫び喚いたって、どうせ自分の声は届かない。
 いや、仮に届いても誰も聞いてくれないだろう。

 しかし頭の中は、思いのほか冷静だった。闇夜みたいな静寂が、心を沈めてくれたのだろうか。

 夜は、落ち着く。
 昔は朝が来るのが待ち遠しかった。早く太陽を浴びたくて、明日になるのが楽しみだった。

 いつからだろうか。今は、世界が眠りについている夜のほうが、愛おしく感じる。

 それでも。

(絶対にここから出なきゃ……!)

 今日は龍神様への嫁入りの日。
 もう御印(みしるし)は春菜に移ってしまったし、霊力もなくなってしまった。

 それでも、あのとき(・・・・)彼と契約をしたのは、間違いなく自分だ。まだ希望はあるはずなのだ。

 秋葉はおもむろに立ち上がり、瞳を閉じて精神を集中させた。
 今こそ、これまでの修行の成果を見せるときだ。全身の霊気を両手に流れるように想像する。
 びりびりと指先が痺れだす。少しのあいだ、それを蓄えて……。

(今よっ!)

 秋葉はカッと大きく目を見開いて、

「はあぁぁぁっ!!」

 全身の霊力を扉にぶつけた。

 …………。
 …………。
 …………。

 だが、やっぱり何も起こらない。霊気の(かす)どころか、空気さえも動かなかった。

「駄目か……」

 矢庭に、落胆が重たく肩に乗っかってくる。
 今日だけは奇跡が起こって欲しかった。だって、龍神様の花嫁になるために、これまでずっと頑張ってきたのだから。

「……」

 ――でも。

「私には物理があるもんねー!」

 次の瞬間、彼女はドンと蔵の扉を思いっきり脚で蹴った。僅かだが、周囲の板が揺れる。
 今度は体当たりをして、さらにもう一度蹴りを入れてみた。

 なにも修行は霊力だけではない。肉体も鍛えてきたのだ。
 何がなんでもこの扉をこじ開けてやる。