「彼女は、私に任せてくれないか?」

 出し抜けに光河が言って、彼は一歩前に出てなにやら儀式の準備をはじめた。人差し指に神力の光を宿して、宙に魔法陣を描いている。

 彼の開いた曙色の瞳は、今や強い意思で燃えたぎっていた。

「春菜は……私の妻だ。夫として、私が責任を取る」

「それなら、責任を取るのは私よ! 私はあの子の家族だもの!」

 秋葉は慌てて光河の腕を押さえて動きを止めようとしたが、彼の決意は固く、神力で弾かれてしまった。

「彼女がああなったのも、君たち姉妹の関係が崩れたのも、全ての元凶は私だ」

「いいえ! 身内の始末は血の繋がった家族がやるものよ!」

「私は、彼女とも既に契約してしまった。夫婦(めおと)になった以上、血も同じだ」

「どうせあの子のほうから無理矢理契約させられたんでしょう!?」

「それでも、私の責任だ」

「なんでそうなるのよ!」

 憂夜は目を丸くして二人の様子を眺めていたが、

「やれやれ。魂の共鳴をしたばかりの二人は息ぴったりだなぁ〜」

 と、わざとらしくヒュ〜っと口笛を吹いてみせた。
 秋葉は眉根を寄せて、

「ちょっと。ふざけてる場合じゃないのよ」

「ふざけてねぇよ」

 彼は光河の魔法陣を、神力の手刀で水平に斬る。邪の影響でまだ回復しきれていない白龍の力は、今の黒龍には及ばないようで、魔法陣は儚く消えた。

「あれの始末は俺がやる」

 憂夜の眼光が鋭くなる。
 そして、手早く宙に魔法陣の術式を描きはじめた。

「止めてくれ。黒龍は関係ないだろう?」

「そうよ。憂夜は結界をお願い」

「いんや。俺は夫婦(めおと)になったばかりの二人を危険に晒すなんざ無粋な真似はできねぇな」

「はぁ? さっきから何を――」

「この中で、邪には闇を司る俺が一番耐性がある。お前らと違って、死にやしないだろう。ええっと、白龍、さっきのは封印の術で間違いないな?
 ――っと、その前に」

 次の瞬間、秋葉たちは檻のような箱型の黒い鱗に隔離された。

「ちょっと! 出しなさいよ!」と、秋葉がバンバンとそれを叩く。

「や〜なこった」

 秋葉はどんどんと力を込めて叩くが、びくともしない。光河の力でも少しだけ削るのがやっとだった。

「あ、そうだ」

 憂夜は努めて明るく言う。お別れに悲しい顔なんて見せたくなかった。最後くらいは、せめてかっこつけさせてくれ。

「俺が力を使い果たしてシロくれぇの大きさに戻ったら、黒龍の(ほこら)に放り込んでくれないか。たぶん百年もしたら元に戻るだろ。
 その間は毎日祠に酒を供えるようにって狐宵(こよい)に伝えておいてくれ。一日一升だぞ、一升!」

「もうっ! 馬鹿なこと言わないで! ――白龍、どう? 出られそう?」

「駄目だ。これは、鬼族の力も加わっているようだ」

「鬼ぃ!?」

「あぁ。黒龍の母君は鬼族だ。だから、彼は妖力も持っているんだ。おそらく鬼に伝わる秘伝の術式を組み込んで、わざと複雑にしてあるのだろう。……私たちを守るために」

「あの馬鹿!」

 二人が脱出を試みようとしているあいだも、憂夜は着々と魔法陣を描き上げていっていた。邪を倒すには、一度封印をして長い年月をかけて消滅させるしか方法がない。
 己の内側にある神力と……思い出したくない母の妖力も借りて、一筆一筆魂を込めて描いた。