「……いつ、邪が這い寄ってきたのか知らないが、あの女はずっと秋葉の霊力を狙っていたようだな。それで、事故を装って全てを奪ったんだ」

 複雑そうな顔で春菜を見やる光河の代わりに、今度は憂夜が説明をした。
 秋葉は全身を震わせて、(こうべ)を垂れていた。しんと静まり返った空気が、彼らを重たく包み込む。

「もしかして……」

 数拍して、秋葉は今にも泣き出しそうな掠れた声で言った。

「春菜がこうなったのは、私のせいなの……?」

 それを口にした瞬間、総毛立った。
 彼女にとって、妹はとても大事な存在だった。霊力が消えてからは嫌な思い出しかないが、それでも、血の繋がった姉妹だ。

 頭の中で必死で過去の記憶を辿っていく。
 きっかけはなんだったのだろうか。いくら考えても、思い当たる節がなかった。

 やっぱり、霊力のせい?
 自分が『千年に一人の霊力』だのと周囲から散々持ち上げられて、いつの間にか妹に強烈な劣等感を植え付けていたのだろうか。
 知らず知らずに、妹が傷付くような言葉を投げ付けたのだろうか。

(なんで……あの子の心の叫びに気付いてあげられなかったの? たった一人の、血の繋がった妹なのに……)

 堰を切ったように涙が溢れ出す。
 罪悪感と果てしない後悔で、胸が押し潰されそうだった。

「いや、それは違う」

 その時、憂夜が秋葉の頭をぽんと撫でた。大きな手の存在感に、彼女の掻き乱された心が少しだけ静止する。

「お前の妹は、生まれたときからそういう『魂』だったんだ。仮に千年……いや、万年に一度の霊力を持っていたとしても、果てしないほどの財産を持ったとしても、たとえ傾国の美女だったとしても、絶対に満足しない体質だったんだ。
 ……そういう性質を持った奴は、この世に存在する」

 憂夜は少し口を閉ざしたあと「俺の親父みたいに……」と付け加えそうになったが、今はぐっと呑み込んだ。
 彼は彼女の肩を強く握って、真正面から向き合って強い眼差しで見つめて訴えかける。

「だから、秋葉のせいじゃない。俺が保証する。絶対に、だ……!」

「う、うん……」

 憂夜の言葉が、じわりと胸に染み込んでいく。さっきまで胸が張り裂けそうだったのに、波立つ心が不思議と凪いでいく気がした。

 彼はいつも自分が欲しい言葉をくれる。その中には優しさや慈しみが詰まっていて、いつも心がぽかぽかと温まっていくのだ。

 春菜は、子供の頃から「もっとちょうだい」とよく言っていた。可愛い妹のおねだりに秋葉はいつも絆されて、お菓子も着物や(かんざし)も渡していたっけ。

 あるとき「お姉様の霊力をちょうだい」と言われたことがあった。
 あのときは流石にどうすることも出来なくて、「ごめんね」と断ることしかできなかったが、ずっと「お姉様だけずるい」と泣いていて大変だった。

 今思えば、春菜の欲望はあの頃から既に膨れ上がっていたのだろうか。
 姉として、妹の心の叫びに向き合えなかったことは、ひどく悲しかった。