黒の花嫁/白の花嫁






 姉の汚い怒鳴り声を耳にして、春菜は顔をぐにゃりと歪ませながら笑っていた。
 骨格までもがひずんでいると錯覚するような表情に、紫流は平衡感覚が狂って吐き気がした。まさに『邪』に取り憑かれた器そのものだった。

「あれは……黒龍様の神力(しんりょく)!」

 春菜は歓喜に打ち震える。

「丁度良かったわ。彼も今日でわたしのものにしましょう。
 ――姉を地獄に堕とした後でね」



 春菜はふと、昔のことを思い出した。

 姉は母の腹の中にいた時から、凄まじい霊気を放っていたらしい。
 対して妹は、ただの『上位』の霊力。一応は当主になれる程度の霊力は持ち合わせていたが、それだけだ。
 そんな人間、歴史の中でごまんといたし、姉のような『千年に一人』の霊力には程遠かった。

 それでも有象無象の雑魚の霊力者よりは強い霊力だったので、周囲からは期待されて育った。
 両親からも特に邪険にされることはなかった。

 だが、いつも姉の下。姉の下位で、姉のおまけ。

 それが顕著になったのは、姉が『龍神の花嫁』に決まったときからだった。
 両親も、里の人々も、他の名家の霊力者たちも、そして皇族も『千年に一度の奇跡』だと姉を寿(ことほ)いだ。
 毎日のように姉に贈り物が届いて、さらには拝みに来る馬鹿な人間までもいた。

 それからしばらくして、自分の婚約も決まった。次期皇太子だと目されている若い皇族だった。
 一度、挨拶をしに皇都(こうと)へ行ったことがある。
 婚約者は白皙の美少年で、多くの令嬢たちを虜にしているらしい。たしかに顔は良かったが、物静かな詰まらない男だと思った。

 それよりも、皇都のきらびやかな様子のほうがうんと魅力的だった。
 異国風の洒落た建物に、長衣(ドレス)という華やかな着物。見たこともない可愛らしい形の甘味。履き物も、髪飾りも、調度品も、どれもこれも初めて見るものばかりで。
 滞在しているあいだは、ずっと心が躍っていた。

 四ツ折(よつおり)の薄汚い田舎と比べて、ここはなんて素晴らしい場所なのだろう。
 自分の生きる場所は、こういう華やかな世界なのだと確信した。