入学式を終えると、午後1時を過ぎた
新入生は保護者と合流し、写真を撮りに行く
八子は周囲を気にせず、机の上に弁当箱を広げる
家に帰るまで時間が掛かる
ここで手早く空腹を満たそう
扉が開き、楽器ケースを手に持った少女が入ってくる
少女は八子に声を掛ける
「北谷さんだっけ」
「そう」
「私鬼怒川しほり
よろしくね」
「よろしく」
鬼怒川しほり(キヌガワシホリ)は机を指差す
「そこ空いてる」
「うん」
しほりは机の向きを変え椅子に座る
リュックサックから弁当箱を取り出し机の上に広げる
2段重ねの1段目は豚骨スープとなっており、2段目に中華麺がぎっしりと詰め込まれている
八子は唖然とした顔で弁当箱を見る
「凄いねその弁当」
「家がラーメン屋だからお弁当はいつも豚骨ラーメン」
「普通、から揚げとか卵焼きとかだよね」
「鳴子、今日は丼ものは付けてないなぁ
授業が長いと量多くしてるんだけどね」
しほりは中華麺をスープに入れ、手早く搔き混ぜる
「うーんいい香り」
しほりは麵をすする
「うんまい」
しほりは箸を止め八子を見る
「今日さ一番乗りだったよね」
「見てたの」
「私練習で早く来たから」
「じゃあ二番乗りだ」
しほりはクスリと笑う
「そうだね」
「もう部活始まっているんだ」
「私はスカウトされて来たから春休み返上で部活
今日の入学式も吹いてた
なんで祝われる側が立っているんだろうなって」
今度は八子が笑う
「そうだね」
「そっちは部活何にするか決めた?」
「軽音楽部」
「そっか吹奏楽部じゃないんだ」
「残念だった」
「いいや選ばなくて正解
部員総数121人で空気地獄」
「大変だね」
しほりはにやりと笑う
「軽音楽部も中々にやるね」
八子の耳を強烈なバス・ドラムの音がツンと刺激する
「8人制メタル・ジャズバンド・-1
今日はメタル一色だったけど」
「ツーバスの」
ドラマーの足元にある大きな太鼓をバス・ドラムという
バス・ドラムが2個付いている状態がダブル・ベース・ドラム、通称・ツーバスである
「やっぱドラムに注目するよね
正確なリズムキープに音量調整
どちらかというと打楽器奏者だね」
「しほりは誰が一番良かった?」
「キーボードかな
さりげなくクラシックの曲を入れている
相当ピアノ弾けるよ」
「私ピアノてんで駄目だから気付かなかった」
「知ってる。受験でめっちゃ弾けてなかったもん」
八子はギクリとなる
八子の脳内に苦い記憶が蘇る
受験の実技試験の一つにピアノ演奏があった
課題曲のショパン作曲「子犬のワルツ」10点満点中4点
素人が半年間の練習で得たものとしては上出来であった
しかし、八子にとっては、屈辱的な思い出である
「その話題触れないで・・・」
しほりは引きつった笑みを浮かべる
「ははは(どうして受験したのだろう)
そうだライン交換しよ」
しほりはスマホを取り出し操作する
八子としほりはラインを交換する
「私サックス吹いているから
サポートで必要だったら呼んでね」
「考えておく」
「そういえば来週の土曜日って暇?」
「特に予定ないけど」
「じゃあさ北九州のイオン行かない?」
「でも遠くない?
往復で1万は掛かるでしょ」
「事務に申請すれば電車賃学割効くっしょ」
「そうなんだ
気晴らしで行こうかな」
「よろしくね」
八子としほりは弁当を食べ終えると別れた
しほりはもうすでに大会のメンバーに選ばれているらしく、慌しく教室を出ていった
◇
八子が帰宅すると、午後5時を過ぎていた
朝と変わらぬ鬱蒼とした景色にうんざりしながら、家の中に入った
「ただいま」
「おかえりなさい」
リビングでは、母親が静かにテレビを見ている
八子は台所に行き、お薬カレンダーを見る
きちんと薬は減っていた
八子は自室に行き荷物置くと、洗面所で手洗いをして、夕食の支度に取り掛かった
相変わらず、自分の夕食は冷凍食品やレトルトが中心だが、母親の食事は手作りしようとしている
今日の夕食は蒸した鶏肉とカボチャ、豆腐にドレッシングをかけたもの
非常に簡素なものである
「お母さん夕食出来たよ」
「ありがとうねはっちゃん」
◇
母親との食事は無言のまま終わった
授業もまだ始まっていないので、夜は勉強せずギターを練習することにした
八子はギターを持って向かいの部屋に入る
そこは祖父が若い頃、趣味で作った部屋だ
左側の壁には重厚感のある本棚が、専門書がぎゅうぎゅうに押し込まれている
ビジネスや法律、科学など、ジャンルは多種多様である
右側の壁にはモデル・ガンが掛けられている
祖父の好きなクリント・イーストウッド
彼の出演する西部劇に登場する銃だ
部屋の奥に進み、レコードプレイヤーの前で立ち止まる
近くの机にORANGE製のアンプを置いてコンセントに繋ぐ
ギターをアンプと繋ぎ、立ったまま音を鳴らす
祖父母が亡くなってからはヘッドホンを付けて弾く必要がなくなった。思うがままに音が出せる環境は自分を解放しているかのような爽快感だ
セミアコの滑らかで温かみのある音が部屋に響く
防音室のため、音が外に漏れる心配がない
八子はクリーム色の空気に包まれながら日付が変わるまで弾き続けた
新入生は保護者と合流し、写真を撮りに行く
八子は周囲を気にせず、机の上に弁当箱を広げる
家に帰るまで時間が掛かる
ここで手早く空腹を満たそう
扉が開き、楽器ケースを手に持った少女が入ってくる
少女は八子に声を掛ける
「北谷さんだっけ」
「そう」
「私鬼怒川しほり
よろしくね」
「よろしく」
鬼怒川しほり(キヌガワシホリ)は机を指差す
「そこ空いてる」
「うん」
しほりは机の向きを変え椅子に座る
リュックサックから弁当箱を取り出し机の上に広げる
2段重ねの1段目は豚骨スープとなっており、2段目に中華麺がぎっしりと詰め込まれている
八子は唖然とした顔で弁当箱を見る
「凄いねその弁当」
「家がラーメン屋だからお弁当はいつも豚骨ラーメン」
「普通、から揚げとか卵焼きとかだよね」
「鳴子、今日は丼ものは付けてないなぁ
授業が長いと量多くしてるんだけどね」
しほりは中華麺をスープに入れ、手早く搔き混ぜる
「うーんいい香り」
しほりは麵をすする
「うんまい」
しほりは箸を止め八子を見る
「今日さ一番乗りだったよね」
「見てたの」
「私練習で早く来たから」
「じゃあ二番乗りだ」
しほりはクスリと笑う
「そうだね」
「もう部活始まっているんだ」
「私はスカウトされて来たから春休み返上で部活
今日の入学式も吹いてた
なんで祝われる側が立っているんだろうなって」
今度は八子が笑う
「そうだね」
「そっちは部活何にするか決めた?」
「軽音楽部」
「そっか吹奏楽部じゃないんだ」
「残念だった」
「いいや選ばなくて正解
部員総数121人で空気地獄」
「大変だね」
しほりはにやりと笑う
「軽音楽部も中々にやるね」
八子の耳を強烈なバス・ドラムの音がツンと刺激する
「8人制メタル・ジャズバンド・-1
今日はメタル一色だったけど」
「ツーバスの」
ドラマーの足元にある大きな太鼓をバス・ドラムという
バス・ドラムが2個付いている状態がダブル・ベース・ドラム、通称・ツーバスである
「やっぱドラムに注目するよね
正確なリズムキープに音量調整
どちらかというと打楽器奏者だね」
「しほりは誰が一番良かった?」
「キーボードかな
さりげなくクラシックの曲を入れている
相当ピアノ弾けるよ」
「私ピアノてんで駄目だから気付かなかった」
「知ってる。受験でめっちゃ弾けてなかったもん」
八子はギクリとなる
八子の脳内に苦い記憶が蘇る
受験の実技試験の一つにピアノ演奏があった
課題曲のショパン作曲「子犬のワルツ」10点満点中4点
素人が半年間の練習で得たものとしては上出来であった
しかし、八子にとっては、屈辱的な思い出である
「その話題触れないで・・・」
しほりは引きつった笑みを浮かべる
「ははは(どうして受験したのだろう)
そうだライン交換しよ」
しほりはスマホを取り出し操作する
八子としほりはラインを交換する
「私サックス吹いているから
サポートで必要だったら呼んでね」
「考えておく」
「そういえば来週の土曜日って暇?」
「特に予定ないけど」
「じゃあさ北九州のイオン行かない?」
「でも遠くない?
往復で1万は掛かるでしょ」
「事務に申請すれば電車賃学割効くっしょ」
「そうなんだ
気晴らしで行こうかな」
「よろしくね」
八子としほりは弁当を食べ終えると別れた
しほりはもうすでに大会のメンバーに選ばれているらしく、慌しく教室を出ていった
◇
八子が帰宅すると、午後5時を過ぎていた
朝と変わらぬ鬱蒼とした景色にうんざりしながら、家の中に入った
「ただいま」
「おかえりなさい」
リビングでは、母親が静かにテレビを見ている
八子は台所に行き、お薬カレンダーを見る
きちんと薬は減っていた
八子は自室に行き荷物置くと、洗面所で手洗いをして、夕食の支度に取り掛かった
相変わらず、自分の夕食は冷凍食品やレトルトが中心だが、母親の食事は手作りしようとしている
今日の夕食は蒸した鶏肉とカボチャ、豆腐にドレッシングをかけたもの
非常に簡素なものである
「お母さん夕食出来たよ」
「ありがとうねはっちゃん」
◇
母親との食事は無言のまま終わった
授業もまだ始まっていないので、夜は勉強せずギターを練習することにした
八子はギターを持って向かいの部屋に入る
そこは祖父が若い頃、趣味で作った部屋だ
左側の壁には重厚感のある本棚が、専門書がぎゅうぎゅうに押し込まれている
ビジネスや法律、科学など、ジャンルは多種多様である
右側の壁にはモデル・ガンが掛けられている
祖父の好きなクリント・イーストウッド
彼の出演する西部劇に登場する銃だ
部屋の奥に進み、レコードプレイヤーの前で立ち止まる
近くの机にORANGE製のアンプを置いてコンセントに繋ぐ
ギターをアンプと繋ぎ、立ったまま音を鳴らす
祖父母が亡くなってからはヘッドホンを付けて弾く必要がなくなった。思うがままに音が出せる環境は自分を解放しているかのような爽快感だ
セミアコの滑らかで温かみのある音が部屋に響く
防音室のため、音が外に漏れる心配がない
八子はクリーム色の空気に包まれながら日付が変わるまで弾き続けた


