「ねえ、本当に今日行くの?」
バイト終わりの帰り道、親友の真琴が呆れたように言った。手に持ったスマホの画面には、山頂の天文台の地図が光っている。僕は、真琴の言葉を右から左へ聞き流しながら、リュックの肩紐を握りしめた。
「うん。どうしても、見たいものがあるから」
僕の名前は、佐伯航。高校三年生の夏休み、僕は受験勉強もそっちのけで、星を見ることに夢中になっていた。理由は、二ヶ月前に出会った、あの子のせいだ。
あの日、僕は夏期講習の帰り道、いつもは通らない神社の境内を通りかかった。そこで見つけたのは、誰もいないはずの場所に、一人で星を見上げている女の子。長い髪を風になびかせ、星空に手を伸ばすその後ろ姿に、僕はなぜか目が離せなかった。
「あの……」
声をかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。大きな瞳が、夜の闇の中で吸い込まれるように輝いている。
「ごめんなさい、勝手に」
彼女は慌てて謝った。その声は、透明な鈴の音のようで、僕の心臓をきゅっと締め付けた。
「いいんだ。俺も、ただ通りかかっただけだから。もしかして、星、好きなの?」
「うん。特に、天の川が。この時期は、一番きれいに見えるから」
彼女は、はにかむように微笑んだ。名前を尋ねると、「星野あかり」と教えてくれた。偶然にも、僕の名字と一文字違いだった。
それから、僕たちは毎晩のように神社で会うようになった。天体望遠鏡で星団を見たり、星座の名前を教え合ったり、他愛のない話で笑い合ったり。あかりといる時間は、僕にとって、何よりも大切なものになっていった。
ある晩、あかりはぽつりとつぶやいた。
「もうすぐ、私、ここを離れるんだ」
「え……?」
「お父さんの仕事の関係で、遠くに引っ越すことになったの。だから、天の川が見られるのも、これが最後かもしれない」
あかりの声が、少し震えていた。僕の心臓が、きゅっと痛んだ。
「最後に、どうしても見たい星があるんだ。あの山の上にある、天文台からだと見えるかもしれないって、お父さんが言ってた」
あかりが指差す先には、遠く霞んで見える山のシルエットがあった。
「よし、行こう! 俺も、一緒に行くよ」
僕は、衝動的にそう言っていた。
「え、でも、遠いよ? それに、もうすぐ夏期講習も始まるし……」
「いいんだ。そんなことより、あかりと見たいんだ、その星」
あかりは驚いたように目を丸くし、そして、くしゃっと顔を歪めて笑った。
それから、二週間後の今日。僕たちは、山頂の天文台に向かうバスに揺られていた。隣に座るあかりの横顔は、夜の闇に溶け込むようで、なんだか遠い存在に感じられた。今の状況はまるで物語の終盤に近付いているような嵐の前の静けさのようなそんな感じがした。僕はただこの時間が終わってほしくないと願うことしかできなかった
「ねえ、佐伯くんは、どうしてそんなに星に詳しいの?」
あかりが、僕の顔を覗き込むように言った。
「別に、詳しくないよ。あかりが教えてくれるまで、夜空なんて見上げることすらなかったし」
「……そっか。なんか、意外」
「意外?」
「うん。佐伯くんって、いつもまっすぐで、自分の目標とか、夢とか、ちゃんと言葉にしてそうだから。きっと、星にも夢を託してそうって、勝手に思ってた」
あかりの言葉に、僕は胸が熱くなった。彼女は、僕が知らない僕を、ちゃんと見つけてくれていた。
バスを降りて、天文台までの山道を二人で歩く。夜風が涼しくて、虫の音がBGMのように響く。ときどき、あかりが僕のTシャツの裾を掴んだり、僕が彼女の小さな手をそっと握ったり。そんな些細な触れ合いが、僕の心を温かく満たしていく。僕は再びこの時間が終わらなければいいのにと思った。
天文台に着くと、大きな天体望遠鏡が、静かに夜空を向いていた。管理人のおじさんが、にこやかに僕たちを迎えてくれた。
「やあ、君たち。こんな時間によく来たね。今日は、特別な星が見られるかもしれないよ」
おじさんが指差す先には、肉眼では見えないほど小さな、淡い光の集まりがあった。
「あれが、あかりが言っていた星?」
僕は、天体望遠鏡を覗き込むあかりの横顔を見つめながら言った。
「うん。あれはね、『アンドロメダ星雲』っていうの。私たちの銀河系から、二千万光年も離れたところにある、一番近い銀河なの」
あかりは、感動したように瞳を輝かせた。ただ単にアンドロメダ星雲が遠いという事実よりも手の届かない実感の方が強くそれが佐伯の心をつかみ魅せていた。
「二千万光年……」
その途方もない距離に、僕は思わず息をのんだ。
「うん。私たちは、二千万年前の光を見てるんだよ。なんだか、すごく不思議じゃない? こんなに遠くても、ちゃんと光は届いてる。まるで、どんなに遠くにいても、ちゃんと繋がってるみたいで」
あかりの言葉に、もうすぐ遠くに越してしまうことを再認識させられそれが脈を強く打った。
「ねえ、佐伯くん。さっき、どうして一緒に来てくれたの?」
あかりが、まっすぐに僕の瞳を見つめた。
「俺……あかりのこと、もっと知りたいって思ったから。このまま、会えなくなるのが嫌だって思ったから」
僕は、正直な気持ちを伝えた。もう、迷う必要なんてなかった。今日この瞬間恥という感情を失くしていた。
「……ありがとう。私も、同じ気持ちだよ」
あかりの瞳が、潤み笑顔を見せた。その潤みを含んだあかりはアンドロメダ星雲よりも鮮明な輝きを
僕に放っていた。その時、彼女のスマホが震えた。メッセージアプリの通知。差出人は、お母さん。
「ごめん、もう行かなきゃ……」
あかりは寂しそうな顔をして言った。
「明日、新幹線に乗って、すぐ引っ越すから」
僕は、言葉が出なかった。これが、本当に最後の時間だったんだ。
「佐伯くん。私ね、この天文台に来たら、どうしても、言いたかったことがあったの」
あかりは、そっと僕の手に、小さな紙切れを握らせた。
「これは、私と佐伯くんとの、二千万光年の秘密。もし、もしも、あなたが私を忘れないでいてくれたら……いつか、この秘密を、二人でまた見つけられたら、嬉しいな」
あかりはそう言って、僕に背を向けた。あかりは何度もこちらへ振り返り僕が見えなくなるまで手を振りながら去っていった。その様子にただ涙を流し手を振り返すことしかできなかった。
あかりが天文台の入り口に消えていく。僕は、握りしめた紙切れを開いた。そこには、小さな文字で、ある天文台の住所と、短いメッセージが書かれていた。
『もし、あなたが本当に、私のことを知りたいと思ってくれたら、いつか、ここに来てね』
僕は、もう一度、天体望遠鏡を覗き込んだ。そこには、二千万年前の光を放つアンドロメダ星雲が、静かに輝いていた。
高校三年生の夏、佐伯航は、たった一晩で、誰よりも遠くて、誰よりも近い、特別な星に出会った。そして、いつか再び彼女に会えるその日まで、心に誓った。どんなに遠くても、どんなに時が経っても、あの夜の光と、彼女の言葉を、決して忘れないと。
高校を卒業し、大学に進学した後も、佐伯はあかりからもらった紙切れを大切に持っていた。そして、二千万光年という途方もない距離を思い、あかりとの再会を夢見ていた。
数年後、大学の長期休暇を利用して、佐伯はついに書かれた住所を訪れます。そこには、あかりと初めて出会った神社の境内を彷彿とさせる、静かな天文台がありました。そこは一度行ったことあるかのようなそんな雰囲気を醸し出していた。佐伯は、そこで管理人のおじさんに尋ねた。
「あの、星野あかりさんという女の子が、ここに……」
なんと伝えていいのかわからず拙い日本語におじさんは、少し考えるように首をかしげた後、にこやかに言った。
「ああ、あの子、君を待ってたんだ。ここで、君と再会できたらって、言ってたよ」
佐伯は、心臓が高鳴るのを感じた。
「あの……その、あかりは、どこに?」
おじさんは、指をさし示します。その先には、佐伯が初めてあかりと出会った夜に見た、あの星空が広がっていた。そして、そこには星空を見上げながら手を握り祈っているあかりがいた。僕はあかりがすぐそこにいることに驚きと感動を覚え涙を流しながら呼んだ。
「あかり!」
その声にあかりは振り返り僕と同じように涙を流す。
「佐伯くん!」
二人は抱きしめあい,良かった...!と言った。
あかりの肩越しに見えた星空は二人の再開を歓迎するかのようにいつも以上に輝いて見えた。
「佐伯くん……やっぱり、来てくれたんだ」
「当たり前だよ、絶対にこの約束を風化させたくなくて」
「ありがとう、長かった... でもよかった、これで叶った。私たちの二千万光年の約束」
そう言い二人は望遠鏡を覗いた。二千万光年の遠い光が、今、佐伯の目の前で、現実の光となって輝いていた。
バイト終わりの帰り道、親友の真琴が呆れたように言った。手に持ったスマホの画面には、山頂の天文台の地図が光っている。僕は、真琴の言葉を右から左へ聞き流しながら、リュックの肩紐を握りしめた。
「うん。どうしても、見たいものがあるから」
僕の名前は、佐伯航。高校三年生の夏休み、僕は受験勉強もそっちのけで、星を見ることに夢中になっていた。理由は、二ヶ月前に出会った、あの子のせいだ。
あの日、僕は夏期講習の帰り道、いつもは通らない神社の境内を通りかかった。そこで見つけたのは、誰もいないはずの場所に、一人で星を見上げている女の子。長い髪を風になびかせ、星空に手を伸ばすその後ろ姿に、僕はなぜか目が離せなかった。
「あの……」
声をかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。大きな瞳が、夜の闇の中で吸い込まれるように輝いている。
「ごめんなさい、勝手に」
彼女は慌てて謝った。その声は、透明な鈴の音のようで、僕の心臓をきゅっと締め付けた。
「いいんだ。俺も、ただ通りかかっただけだから。もしかして、星、好きなの?」
「うん。特に、天の川が。この時期は、一番きれいに見えるから」
彼女は、はにかむように微笑んだ。名前を尋ねると、「星野あかり」と教えてくれた。偶然にも、僕の名字と一文字違いだった。
それから、僕たちは毎晩のように神社で会うようになった。天体望遠鏡で星団を見たり、星座の名前を教え合ったり、他愛のない話で笑い合ったり。あかりといる時間は、僕にとって、何よりも大切なものになっていった。
ある晩、あかりはぽつりとつぶやいた。
「もうすぐ、私、ここを離れるんだ」
「え……?」
「お父さんの仕事の関係で、遠くに引っ越すことになったの。だから、天の川が見られるのも、これが最後かもしれない」
あかりの声が、少し震えていた。僕の心臓が、きゅっと痛んだ。
「最後に、どうしても見たい星があるんだ。あの山の上にある、天文台からだと見えるかもしれないって、お父さんが言ってた」
あかりが指差す先には、遠く霞んで見える山のシルエットがあった。
「よし、行こう! 俺も、一緒に行くよ」
僕は、衝動的にそう言っていた。
「え、でも、遠いよ? それに、もうすぐ夏期講習も始まるし……」
「いいんだ。そんなことより、あかりと見たいんだ、その星」
あかりは驚いたように目を丸くし、そして、くしゃっと顔を歪めて笑った。
それから、二週間後の今日。僕たちは、山頂の天文台に向かうバスに揺られていた。隣に座るあかりの横顔は、夜の闇に溶け込むようで、なんだか遠い存在に感じられた。今の状況はまるで物語の終盤に近付いているような嵐の前の静けさのようなそんな感じがした。僕はただこの時間が終わってほしくないと願うことしかできなかった
「ねえ、佐伯くんは、どうしてそんなに星に詳しいの?」
あかりが、僕の顔を覗き込むように言った。
「別に、詳しくないよ。あかりが教えてくれるまで、夜空なんて見上げることすらなかったし」
「……そっか。なんか、意外」
「意外?」
「うん。佐伯くんって、いつもまっすぐで、自分の目標とか、夢とか、ちゃんと言葉にしてそうだから。きっと、星にも夢を託してそうって、勝手に思ってた」
あかりの言葉に、僕は胸が熱くなった。彼女は、僕が知らない僕を、ちゃんと見つけてくれていた。
バスを降りて、天文台までの山道を二人で歩く。夜風が涼しくて、虫の音がBGMのように響く。ときどき、あかりが僕のTシャツの裾を掴んだり、僕が彼女の小さな手をそっと握ったり。そんな些細な触れ合いが、僕の心を温かく満たしていく。僕は再びこの時間が終わらなければいいのにと思った。
天文台に着くと、大きな天体望遠鏡が、静かに夜空を向いていた。管理人のおじさんが、にこやかに僕たちを迎えてくれた。
「やあ、君たち。こんな時間によく来たね。今日は、特別な星が見られるかもしれないよ」
おじさんが指差す先には、肉眼では見えないほど小さな、淡い光の集まりがあった。
「あれが、あかりが言っていた星?」
僕は、天体望遠鏡を覗き込むあかりの横顔を見つめながら言った。
「うん。あれはね、『アンドロメダ星雲』っていうの。私たちの銀河系から、二千万光年も離れたところにある、一番近い銀河なの」
あかりは、感動したように瞳を輝かせた。ただ単にアンドロメダ星雲が遠いという事実よりも手の届かない実感の方が強くそれが佐伯の心をつかみ魅せていた。
「二千万光年……」
その途方もない距離に、僕は思わず息をのんだ。
「うん。私たちは、二千万年前の光を見てるんだよ。なんだか、すごく不思議じゃない? こんなに遠くても、ちゃんと光は届いてる。まるで、どんなに遠くにいても、ちゃんと繋がってるみたいで」
あかりの言葉に、もうすぐ遠くに越してしまうことを再認識させられそれが脈を強く打った。
「ねえ、佐伯くん。さっき、どうして一緒に来てくれたの?」
あかりが、まっすぐに僕の瞳を見つめた。
「俺……あかりのこと、もっと知りたいって思ったから。このまま、会えなくなるのが嫌だって思ったから」
僕は、正直な気持ちを伝えた。もう、迷う必要なんてなかった。今日この瞬間恥という感情を失くしていた。
「……ありがとう。私も、同じ気持ちだよ」
あかりの瞳が、潤み笑顔を見せた。その潤みを含んだあかりはアンドロメダ星雲よりも鮮明な輝きを
僕に放っていた。その時、彼女のスマホが震えた。メッセージアプリの通知。差出人は、お母さん。
「ごめん、もう行かなきゃ……」
あかりは寂しそうな顔をして言った。
「明日、新幹線に乗って、すぐ引っ越すから」
僕は、言葉が出なかった。これが、本当に最後の時間だったんだ。
「佐伯くん。私ね、この天文台に来たら、どうしても、言いたかったことがあったの」
あかりは、そっと僕の手に、小さな紙切れを握らせた。
「これは、私と佐伯くんとの、二千万光年の秘密。もし、もしも、あなたが私を忘れないでいてくれたら……いつか、この秘密を、二人でまた見つけられたら、嬉しいな」
あかりはそう言って、僕に背を向けた。あかりは何度もこちらへ振り返り僕が見えなくなるまで手を振りながら去っていった。その様子にただ涙を流し手を振り返すことしかできなかった。
あかりが天文台の入り口に消えていく。僕は、握りしめた紙切れを開いた。そこには、小さな文字で、ある天文台の住所と、短いメッセージが書かれていた。
『もし、あなたが本当に、私のことを知りたいと思ってくれたら、いつか、ここに来てね』
僕は、もう一度、天体望遠鏡を覗き込んだ。そこには、二千万年前の光を放つアンドロメダ星雲が、静かに輝いていた。
高校三年生の夏、佐伯航は、たった一晩で、誰よりも遠くて、誰よりも近い、特別な星に出会った。そして、いつか再び彼女に会えるその日まで、心に誓った。どんなに遠くても、どんなに時が経っても、あの夜の光と、彼女の言葉を、決して忘れないと。
高校を卒業し、大学に進学した後も、佐伯はあかりからもらった紙切れを大切に持っていた。そして、二千万光年という途方もない距離を思い、あかりとの再会を夢見ていた。
数年後、大学の長期休暇を利用して、佐伯はついに書かれた住所を訪れます。そこには、あかりと初めて出会った神社の境内を彷彿とさせる、静かな天文台がありました。そこは一度行ったことあるかのようなそんな雰囲気を醸し出していた。佐伯は、そこで管理人のおじさんに尋ねた。
「あの、星野あかりさんという女の子が、ここに……」
なんと伝えていいのかわからず拙い日本語におじさんは、少し考えるように首をかしげた後、にこやかに言った。
「ああ、あの子、君を待ってたんだ。ここで、君と再会できたらって、言ってたよ」
佐伯は、心臓が高鳴るのを感じた。
「あの……その、あかりは、どこに?」
おじさんは、指をさし示します。その先には、佐伯が初めてあかりと出会った夜に見た、あの星空が広がっていた。そして、そこには星空を見上げながら手を握り祈っているあかりがいた。僕はあかりがすぐそこにいることに驚きと感動を覚え涙を流しながら呼んだ。
「あかり!」
その声にあかりは振り返り僕と同じように涙を流す。
「佐伯くん!」
二人は抱きしめあい,良かった...!と言った。
あかりの肩越しに見えた星空は二人の再開を歓迎するかのようにいつも以上に輝いて見えた。
「佐伯くん……やっぱり、来てくれたんだ」
「当たり前だよ、絶対にこの約束を風化させたくなくて」
「ありがとう、長かった... でもよかった、これで叶った。私たちの二千万光年の約束」
そう言い二人は望遠鏡を覗いた。二千万光年の遠い光が、今、佐伯の目の前で、現実の光となって輝いていた。

