もしも俺が映画か何かの主役だったのなら、すぐに京くんを見つけられたんじゃないだろうか。
でも、どこに行ったらいいかわからなくて、闇雲に京くんを探しても見つかるはずがなかった。駅前、商店街、思いつく場所はぜんぶ回った。それでも京くんの姿はどこにもない。
何度電話しても京くんは出てくれなかった。留守電に吹き込んだメッセージも、送ったラインも、既読すらつかない。
途方に暮れて、公園のベンチに座り込んだ。以前、京くんと一緒に並んで座ったベンチ。
今は夜風が冷たくて、ひとりでいることへの心細さが身に染みる。
その時、スマホが何度か振動した。急いで画面見たら、渉さんからだった。小さくため息をつき、電話に出る。
『京、まだ帰ってきてねぇわ。そっちは?』
「俺も全然見つけられなくて」
『まぁ、あいつなら大丈夫だよ。もう暗いし、涼介も家帰れって』
「……わかりました。じゃあ、またあとで」
渉さんにはそう言ったけれど、スマホを切ってからも俺は動けないでいた。
「……どこにいるんだよ、京くん」
「――涼介さん!」
聞き慣れた声に顔を上げると、京くんが息を切らして走ってくるのが見えた。
「こんなところにいたんですか!」
「……へ」
どう考えてもこっちのセリフだった。
京くんが怒ったような顔をして近づいてくる。その表情に、どこか安堵が混じっているのが見えた。
「スマホ見たら着信がすごいことになってて、慌てて探しに来たんです……! こんな時間まで、フラフラしてたら危ないじゃないですか!」
「だ、だって、京くんが俺を置いて行っちゃうから!」
京くんが驚いたように目を見開く。
「て、てっきり俺は……兄貴とよろしくやってるものだと……」
「そんなわけないじゃん! ずっと、京くんのこと探してたけど……、でも、京くんの行くとこなんて、全然わかんなくて……! お気に入りの場所も、悩んだ時行く場所も、なんにも……わかんなくて……」
ぐっと唇を噛み締めた。
「俺、何もわかってあげられなくて……ごめん、京くん」
「涼介さん……」
「……これ、忘れもの」
ベンチから立ち上がって、京くんにポイントカードを差し出す。
「あと、一個だったんですけどね……」
苦々しい笑いを浮かべて、京くんは俺からポイントカードを受け取った。
「あ、あのっ、渉さんのこと――!」
「待ってください……先に俺から言わせてください」
京くんの真剣な表情に気圧され、俺は言葉を呑み込んだ。
「これまで本当にすみませんでした、涼介さん」
「……え?」
「あの時……兄貴の言葉を聞いた瞬間、腹が立って、許せなくて……ぜったい別れてやらねぇからって、言おうと思ってました。でも、涼介さんの顔見たら、……どうしても」
京くんが優しい微笑みを浮かべて、そっと目を伏せる。
「どうしても、あなたに幸せになってほしいって思ったんです」
京くんは俺のことを、そんなふうに思っていてくれたのか。胸が締めつけられる。
俺が振られて泣いていることを、京くんはずっと心配してくれていた。とても優しい子だ、京くんは。
「……薄々、あの人も涼介さんに気があるんじゃないかってわかってました。だから、電話で断っているのを聞いて驚いたんです……。あなたのことをかわいがっていたのも知ってましたし、来るもの拒まずの人なので。……でも、俺は兄貴に問いただすことはしませんでした。あなたを断ったのは俺のためだって、知っていたからです」
京くんは俺を見て、バツが悪そうに笑った。
「俺がいなければあなたは両想いになれたんです。振られた原因は、俺だったんですよ」
違う。そんなの違う。渉さんが言ってたことがすべてだ。俺を振ったのは、渉さん自身の決断だった。それ以上でもそれ以下でもない。
京くんが原因だなんて、そう思っているのは京くんだけだ。
それに俺だってもう渉さんのことは過去のことで……。
「京くん、俺は京くんが――!」
「いいんです、涼介さん! 悔しいですけど、俺は涼介さんと兄貴のことを応援します」
いやだ。京くんにそんなこと言われたくない。
だって、俺が好きなのは――。
「兄貴と付き合ってください、涼介さん」
京くんがそう言い切った瞬間、俺の心の奥で何かが弾けた。
「……そい」
「え……?」
「遅い! もう、京くんが好きになっちゃったから、そんなこと言われても、もう遅い!」
京くんが驚いたように目を見開く。鼻の奥がツンと痛みを覚える。
「お、俺……半端な気持ちでお試しのお付き合いしようなんて言ったわけじゃないから! ちゃんと京くんに向き合いたかったんだよ……。ず、ずっと答えを待たせてごめん、……でも、ようやく……わかったから……」
深く息を吸って、俺は京くんをまっすぐに見つめた。
「……好きだよ、京くん」
頬が熱くなる。京くんにこんなにもはっきりと好きだと言うのは初めてで、恥ずかしくて死にそうだ。
「だ、だから、あの……できれば京くんは責任持って、俺と最後まで一緒にいてほしい……」
京くんが泣きそうな顔をしている。
「うそじゃないですよね……?」
「ち、違うって!」
「……本当に、いいんですか、俺で」
「京くんがいいんだよ! 俺は君に会えて……本当によかったって思ってるよ」
泣くのを我慢していたのに、最後の最後で涙が出た。慌てて指先で拭うと、京くんはどこかうれしそうに笑う。
「すみません。今日も、俺が泣かせました」
「……うん」
「もう泣かせませんから。大切にします」
「……うん」
「……涼介さんのこと、抱きしめてもいいですか?」
「……う、うん」
京くんの腕が俺を包み込む。温かくて、優しくて、だけど絶え間なく心臓がドキドキと音を立てている。
「いやだって言っても、もう二度と離しませんけど、大丈夫ですか」
「……うん」
京くんの腕の中にいるなんて、なんだか夢みたいだった。
でも、ふと頭をよぎる。京くんに自分の気持ちをちゃんと伝えられただろうか。
急に不安になってきて、おずおずと京くんを見上げる。
「……あ、あのさ、京くん! 俺、渉さんの代わりとかじゃなくて、ほんとに……ちゃんと京くんが好きだから。これだけは京くんに信じてほしくて」
「……信じますよ、当たり前じゃないですか」
笑った京くんが、俺の頬を撫でた。ドキドキしすぎて、もう心臓が痛い。
「キス、してもいいですか」
「……まっ、待って、さすがに心臓壊れる、かも」
「は? 壊れませんよ。いいじゃないですか。ぜったいキスするタイミングですって」
「で、でも、ここ外じゃん!」
「夜だし、誰もいねぇし……」
「だ、誰か来るかもしれない!」
「じゃあ、あそこの公衆トイレの中に入ってしますか……? ちょっとムードはないですけど、俺はそれでも全然かまいません」
俺は赤い顔で、公衆トイレの個室に入ってキスをする自分たちを想像する。
「そ、それもなんか……ちょっと、っていうか、かなり卑猥じゃない!?」
京くんがけらけらと笑う。その笑顔が、やっといつもの京くんに戻ったようで嬉しくなる。
「すみません。ごちゃごちゃうるさいです、涼介さん」
「……えっ」
ショックを受けているうちに、京くんが俺の腰に右手を添える。ぐいっと引き寄せられて、そのままふたりの唇が重なった。
最初は優しく触れるだけのキスだった。でもすぐに、京くんの手が俺の後頭部に添えられて、少しだけ深くなる。
信じられない。今、俺は京くんとキスをしている。
京くんに強く抱きしめられ、俺も恐る恐る京くんのシャツの裾を掴んだ。
息継ぎのために少し離れると、京くんが「涼介さん……」と小さくつぶやく。その声があまりにも愛しそうで、また顔が熱くなってくる。
「まだ、終わりじゃねぇって。……もう一回」
逃げるなとばかりに頬を掴まれ、今度はもっと深く唇が重なる。京くんの舌の温かさが伝わってきて、このまま俺は溶けてしまいそうだった。
かすかに感じる、ほんのりと爽やかなオレンジの香りと甘酸っぱい味。
唇が離れると、京くんの優しい顔が目の前にあった。
「……け、京くん、なんかオレンジの味がする」
「ああ、……腹が立ってたんで、よそのアイス屋で浮気してきました」
「はぁ!?」」
正確にはぜんぜん浮気じゃないけど、でもやっぱりヤキモチを妬いてしまう。
まったくもって前途多難だ。これから先、振り回される未来しか見えない。
でも、それでもいいと思えた。京くんと一緒なら。
「……ちょっと、っていうか、かなり悲しいからもう二度とそういうことはしないでね、京くん」
むすっと上目遣いで京くんを見上げると、生意気そうに京くんが笑う。
「すみません。二度としません。許してください」
「ぜったいだよ……京くん」
「もちろん。……お詫びさせてください、涼介さん」
もう一度、優しくキスをされた。
月明かりの下、こうして俺たちはたくさんの回り道をしながら、やっと本当の恋人になったのだ。
代わりでも、お試しでもない。京くんと俺、ふたりだけの関係。
***
「うまっ! めっちゃうまいじゃん、ここのアイス」
「だろ?」
「なんで京がドヤ顔してんだよ」
今日は京くんが友達を連れてきた。
陽キャなイケメン男子三人組を見たとき、かなり緊張してしまった。やっぱりイケメンにはイケメンが集まってくるものなのだろうか……。
でも、彼らはとても気さくで、「涼介さんですよね?」「京から話は聞いてます」とさわやかな笑顔を浮かべていた。
京くんはどんなふうに俺のことを話していたのだろう。あとでこっそり聞いてみようと思う。
「見ろよ。京のやつ、だらしねぇ顔して、涼介のことガン見してるから」
渉さんが耳元でこそこそと笑いながら言う。お会計の準備をしながらちらりと顔を上げると、京くんがモデル顔負けの笑顔で、じっとこちらを見つめていた。その視線がくすぐったくて、思わず頬が熱くなる。
「……京くんは、今日もかっこいいです」
「はいはい、ノロケをサンキューな」
渉さんは噴き出してそう言うと、俺の頭をぐりぐりと撫でた。
「ははっ、ウケる。あいつめちゃくちゃ嫉妬してる」
友達と話をしながらも、京くんは俺と渉さんにずっと視線を合わせている。
俺は少しだけ笑って、声を出さずに唇だけをゆっくりと動かした。
す、き、だ、よ。け、い、く、ん。
俺の言いたいことが伝わったのか、京くんはすぐさま友達に「なんか顔赤くね?」とからかわれていた。
「うるせぇなぁ……別に赤くねぇし! これ、……涼介さん、二十個目のスタンプ、押してください。……あと、俺のほうが好きです」
「ははっ」
まだ赤い顔で、京くんがポイントカードを差し出してくる。ついに二十個目だ。
「はい、どうぞ」
面映ゆい思いで最後のスタンプを押すと、京くんが満足そうに微笑んだ。
俺の年下の恋人は、なんてかっこよくて、なんてかわいいんだろう。
「お前、ニヤけすぎだろ、キモ」
「スタンプカードではしゃいでんの子供かよ」
「はぁ? 念願の二十個目なんだから、いいだろ別に」
「はいはい、お前らうるせーから、ちゃんと座って食べろよ」
「「「「ういーす」」」」
渉さんから言われたとおり、すぐ近くのテーブルに座って仲良くアイスを食べ始めた京くんたちを見つめる。
「涼介さん、バイト終わったら、一緒に帰りましょうね」
京くんの言葉に、赤い顔で小さくうなずいた。その瞬間、「いちゃいちゃしてんじゃねぇぞ、涼介ぇ」と、渉さんにからかわれ、またぐりぐりと頭を撫でられた。
俺と渉さんを見据えていた京くんが、むすっと怖い視線を送ってくる。
「も、もしかしてわざとやってませんか、渉さん」
そう聞いた俺に、渉さんは「あ、バレた?」とおかしそうに肩を揺らしていた。
「あれから、あいつとちゃんと話したよ。『涼介のこと、泣かせんな』って言っといたから」
「……そ、そうだったんですか」
「末永く、弟をよろしくってことで」
京くんは俺たちが何を話しているのか、知りたそうにちらちらとこっちを見ていた。
京くんも大概だけど、渉さんもけっこうなブラコンらしい。
――俺、桐生渉の弟です。わかりますか?
ふと、京くんと出会ったあの時の合コンのことを思い出して小さく笑いが漏れた。
泣きはらした目で初めて合コンに行ったら失恋相手の弟がいて、なぜか告白された。そして俺は……世界一かっこよくて、ヤキモチやきな京くんと付き合うことになったのだ。
合コンにはとても感謝している。そのおかげで、京くんと出会えたのだから。
願わくば、もう二度と行くことはありませんように。
大丈夫だ、きっと。
京くんはあの生意気な笑顔で「行かせるわけないじゃないですか」と言ってくれるはずだから。
おわり
でも、どこに行ったらいいかわからなくて、闇雲に京くんを探しても見つかるはずがなかった。駅前、商店街、思いつく場所はぜんぶ回った。それでも京くんの姿はどこにもない。
何度電話しても京くんは出てくれなかった。留守電に吹き込んだメッセージも、送ったラインも、既読すらつかない。
途方に暮れて、公園のベンチに座り込んだ。以前、京くんと一緒に並んで座ったベンチ。
今は夜風が冷たくて、ひとりでいることへの心細さが身に染みる。
その時、スマホが何度か振動した。急いで画面見たら、渉さんからだった。小さくため息をつき、電話に出る。
『京、まだ帰ってきてねぇわ。そっちは?』
「俺も全然見つけられなくて」
『まぁ、あいつなら大丈夫だよ。もう暗いし、涼介も家帰れって』
「……わかりました。じゃあ、またあとで」
渉さんにはそう言ったけれど、スマホを切ってからも俺は動けないでいた。
「……どこにいるんだよ、京くん」
「――涼介さん!」
聞き慣れた声に顔を上げると、京くんが息を切らして走ってくるのが見えた。
「こんなところにいたんですか!」
「……へ」
どう考えてもこっちのセリフだった。
京くんが怒ったような顔をして近づいてくる。その表情に、どこか安堵が混じっているのが見えた。
「スマホ見たら着信がすごいことになってて、慌てて探しに来たんです……! こんな時間まで、フラフラしてたら危ないじゃないですか!」
「だ、だって、京くんが俺を置いて行っちゃうから!」
京くんが驚いたように目を見開く。
「て、てっきり俺は……兄貴とよろしくやってるものだと……」
「そんなわけないじゃん! ずっと、京くんのこと探してたけど……、でも、京くんの行くとこなんて、全然わかんなくて……! お気に入りの場所も、悩んだ時行く場所も、なんにも……わかんなくて……」
ぐっと唇を噛み締めた。
「俺、何もわかってあげられなくて……ごめん、京くん」
「涼介さん……」
「……これ、忘れもの」
ベンチから立ち上がって、京くんにポイントカードを差し出す。
「あと、一個だったんですけどね……」
苦々しい笑いを浮かべて、京くんは俺からポイントカードを受け取った。
「あ、あのっ、渉さんのこと――!」
「待ってください……先に俺から言わせてください」
京くんの真剣な表情に気圧され、俺は言葉を呑み込んだ。
「これまで本当にすみませんでした、涼介さん」
「……え?」
「あの時……兄貴の言葉を聞いた瞬間、腹が立って、許せなくて……ぜったい別れてやらねぇからって、言おうと思ってました。でも、涼介さんの顔見たら、……どうしても」
京くんが優しい微笑みを浮かべて、そっと目を伏せる。
「どうしても、あなたに幸せになってほしいって思ったんです」
京くんは俺のことを、そんなふうに思っていてくれたのか。胸が締めつけられる。
俺が振られて泣いていることを、京くんはずっと心配してくれていた。とても優しい子だ、京くんは。
「……薄々、あの人も涼介さんに気があるんじゃないかってわかってました。だから、電話で断っているのを聞いて驚いたんです……。あなたのことをかわいがっていたのも知ってましたし、来るもの拒まずの人なので。……でも、俺は兄貴に問いただすことはしませんでした。あなたを断ったのは俺のためだって、知っていたからです」
京くんは俺を見て、バツが悪そうに笑った。
「俺がいなければあなたは両想いになれたんです。振られた原因は、俺だったんですよ」
違う。そんなの違う。渉さんが言ってたことがすべてだ。俺を振ったのは、渉さん自身の決断だった。それ以上でもそれ以下でもない。
京くんが原因だなんて、そう思っているのは京くんだけだ。
それに俺だってもう渉さんのことは過去のことで……。
「京くん、俺は京くんが――!」
「いいんです、涼介さん! 悔しいですけど、俺は涼介さんと兄貴のことを応援します」
いやだ。京くんにそんなこと言われたくない。
だって、俺が好きなのは――。
「兄貴と付き合ってください、涼介さん」
京くんがそう言い切った瞬間、俺の心の奥で何かが弾けた。
「……そい」
「え……?」
「遅い! もう、京くんが好きになっちゃったから、そんなこと言われても、もう遅い!」
京くんが驚いたように目を見開く。鼻の奥がツンと痛みを覚える。
「お、俺……半端な気持ちでお試しのお付き合いしようなんて言ったわけじゃないから! ちゃんと京くんに向き合いたかったんだよ……。ず、ずっと答えを待たせてごめん、……でも、ようやく……わかったから……」
深く息を吸って、俺は京くんをまっすぐに見つめた。
「……好きだよ、京くん」
頬が熱くなる。京くんにこんなにもはっきりと好きだと言うのは初めてで、恥ずかしくて死にそうだ。
「だ、だから、あの……できれば京くんは責任持って、俺と最後まで一緒にいてほしい……」
京くんが泣きそうな顔をしている。
「うそじゃないですよね……?」
「ち、違うって!」
「……本当に、いいんですか、俺で」
「京くんがいいんだよ! 俺は君に会えて……本当によかったって思ってるよ」
泣くのを我慢していたのに、最後の最後で涙が出た。慌てて指先で拭うと、京くんはどこかうれしそうに笑う。
「すみません。今日も、俺が泣かせました」
「……うん」
「もう泣かせませんから。大切にします」
「……うん」
「……涼介さんのこと、抱きしめてもいいですか?」
「……う、うん」
京くんの腕が俺を包み込む。温かくて、優しくて、だけど絶え間なく心臓がドキドキと音を立てている。
「いやだって言っても、もう二度と離しませんけど、大丈夫ですか」
「……うん」
京くんの腕の中にいるなんて、なんだか夢みたいだった。
でも、ふと頭をよぎる。京くんに自分の気持ちをちゃんと伝えられただろうか。
急に不安になってきて、おずおずと京くんを見上げる。
「……あ、あのさ、京くん! 俺、渉さんの代わりとかじゃなくて、ほんとに……ちゃんと京くんが好きだから。これだけは京くんに信じてほしくて」
「……信じますよ、当たり前じゃないですか」
笑った京くんが、俺の頬を撫でた。ドキドキしすぎて、もう心臓が痛い。
「キス、してもいいですか」
「……まっ、待って、さすがに心臓壊れる、かも」
「は? 壊れませんよ。いいじゃないですか。ぜったいキスするタイミングですって」
「で、でも、ここ外じゃん!」
「夜だし、誰もいねぇし……」
「だ、誰か来るかもしれない!」
「じゃあ、あそこの公衆トイレの中に入ってしますか……? ちょっとムードはないですけど、俺はそれでも全然かまいません」
俺は赤い顔で、公衆トイレの個室に入ってキスをする自分たちを想像する。
「そ、それもなんか……ちょっと、っていうか、かなり卑猥じゃない!?」
京くんがけらけらと笑う。その笑顔が、やっといつもの京くんに戻ったようで嬉しくなる。
「すみません。ごちゃごちゃうるさいです、涼介さん」
「……えっ」
ショックを受けているうちに、京くんが俺の腰に右手を添える。ぐいっと引き寄せられて、そのままふたりの唇が重なった。
最初は優しく触れるだけのキスだった。でもすぐに、京くんの手が俺の後頭部に添えられて、少しだけ深くなる。
信じられない。今、俺は京くんとキスをしている。
京くんに強く抱きしめられ、俺も恐る恐る京くんのシャツの裾を掴んだ。
息継ぎのために少し離れると、京くんが「涼介さん……」と小さくつぶやく。その声があまりにも愛しそうで、また顔が熱くなってくる。
「まだ、終わりじゃねぇって。……もう一回」
逃げるなとばかりに頬を掴まれ、今度はもっと深く唇が重なる。京くんの舌の温かさが伝わってきて、このまま俺は溶けてしまいそうだった。
かすかに感じる、ほんのりと爽やかなオレンジの香りと甘酸っぱい味。
唇が離れると、京くんの優しい顔が目の前にあった。
「……け、京くん、なんかオレンジの味がする」
「ああ、……腹が立ってたんで、よそのアイス屋で浮気してきました」
「はぁ!?」」
正確にはぜんぜん浮気じゃないけど、でもやっぱりヤキモチを妬いてしまう。
まったくもって前途多難だ。これから先、振り回される未来しか見えない。
でも、それでもいいと思えた。京くんと一緒なら。
「……ちょっと、っていうか、かなり悲しいからもう二度とそういうことはしないでね、京くん」
むすっと上目遣いで京くんを見上げると、生意気そうに京くんが笑う。
「すみません。二度としません。許してください」
「ぜったいだよ……京くん」
「もちろん。……お詫びさせてください、涼介さん」
もう一度、優しくキスをされた。
月明かりの下、こうして俺たちはたくさんの回り道をしながら、やっと本当の恋人になったのだ。
代わりでも、お試しでもない。京くんと俺、ふたりだけの関係。
***
「うまっ! めっちゃうまいじゃん、ここのアイス」
「だろ?」
「なんで京がドヤ顔してんだよ」
今日は京くんが友達を連れてきた。
陽キャなイケメン男子三人組を見たとき、かなり緊張してしまった。やっぱりイケメンにはイケメンが集まってくるものなのだろうか……。
でも、彼らはとても気さくで、「涼介さんですよね?」「京から話は聞いてます」とさわやかな笑顔を浮かべていた。
京くんはどんなふうに俺のことを話していたのだろう。あとでこっそり聞いてみようと思う。
「見ろよ。京のやつ、だらしねぇ顔して、涼介のことガン見してるから」
渉さんが耳元でこそこそと笑いながら言う。お会計の準備をしながらちらりと顔を上げると、京くんがモデル顔負けの笑顔で、じっとこちらを見つめていた。その視線がくすぐったくて、思わず頬が熱くなる。
「……京くんは、今日もかっこいいです」
「はいはい、ノロケをサンキューな」
渉さんは噴き出してそう言うと、俺の頭をぐりぐりと撫でた。
「ははっ、ウケる。あいつめちゃくちゃ嫉妬してる」
友達と話をしながらも、京くんは俺と渉さんにずっと視線を合わせている。
俺は少しだけ笑って、声を出さずに唇だけをゆっくりと動かした。
す、き、だ、よ。け、い、く、ん。
俺の言いたいことが伝わったのか、京くんはすぐさま友達に「なんか顔赤くね?」とからかわれていた。
「うるせぇなぁ……別に赤くねぇし! これ、……涼介さん、二十個目のスタンプ、押してください。……あと、俺のほうが好きです」
「ははっ」
まだ赤い顔で、京くんがポイントカードを差し出してくる。ついに二十個目だ。
「はい、どうぞ」
面映ゆい思いで最後のスタンプを押すと、京くんが満足そうに微笑んだ。
俺の年下の恋人は、なんてかっこよくて、なんてかわいいんだろう。
「お前、ニヤけすぎだろ、キモ」
「スタンプカードではしゃいでんの子供かよ」
「はぁ? 念願の二十個目なんだから、いいだろ別に」
「はいはい、お前らうるせーから、ちゃんと座って食べろよ」
「「「「ういーす」」」」
渉さんから言われたとおり、すぐ近くのテーブルに座って仲良くアイスを食べ始めた京くんたちを見つめる。
「涼介さん、バイト終わったら、一緒に帰りましょうね」
京くんの言葉に、赤い顔で小さくうなずいた。その瞬間、「いちゃいちゃしてんじゃねぇぞ、涼介ぇ」と、渉さんにからかわれ、またぐりぐりと頭を撫でられた。
俺と渉さんを見据えていた京くんが、むすっと怖い視線を送ってくる。
「も、もしかしてわざとやってませんか、渉さん」
そう聞いた俺に、渉さんは「あ、バレた?」とおかしそうに肩を揺らしていた。
「あれから、あいつとちゃんと話したよ。『涼介のこと、泣かせんな』って言っといたから」
「……そ、そうだったんですか」
「末永く、弟をよろしくってことで」
京くんは俺たちが何を話しているのか、知りたそうにちらちらとこっちを見ていた。
京くんも大概だけど、渉さんもけっこうなブラコンらしい。
――俺、桐生渉の弟です。わかりますか?
ふと、京くんと出会ったあの時の合コンのことを思い出して小さく笑いが漏れた。
泣きはらした目で初めて合コンに行ったら失恋相手の弟がいて、なぜか告白された。そして俺は……世界一かっこよくて、ヤキモチやきな京くんと付き合うことになったのだ。
合コンにはとても感謝している。そのおかげで、京くんと出会えたのだから。
願わくば、もう二度と行くことはありませんように。
大丈夫だ、きっと。
京くんはあの生意気な笑顔で「行かせるわけないじゃないですか」と言ってくれるはずだから。
おわり



