まぶたをあげたら知らない天井が目の前に広がっていた。何度かまばたきをしている間に考える。ここは一体どこなのか。なぜあたまが痛いのか。なぜ体がすーすーするのか。どうして——国白岳(くにしろがく)が私のとなりで無防備な寝顔を向けているのか。

 あー…おけ。ここ、国白の部屋だ。

 国白の前髪が長いまつげにかかっている。いつもセンター分けにしているけど、おろすとそんな感じになるんだ。へえ。口、半開きなのうける。ちょっとよだれ垂れてるのうける。でも肌きれいだ。毛穴はひとつも見当たらないし、にきびもない。美術館に飾られている像みたい。とにかく、つるつるしてるって言いたい。

「ああ、あれか。国白と、寝た、か?」

 起こさないように、とか、そういう気遣いをする仲でもないので、ふつうに布団から出て、ふつうに国白を跨ぐ。あ、パンツとブラジャーはしていた。Tシャツとマーメイドスカート、靴下はベッドの下に脱ぎ捨ててあって、気持ち程度しわを伸ばしてのそのそと着る。

 そうして、やっと、国白が起きた。

「おはー」
「おは」
「今日何コマからだっけ」
「私は2」
「俺は?」
「知らないんだが」
「だよね」
「あんた、すっぽんぽん?」

 えー、と言いながら布団の中をのぞきこみ「ううんパンツはいてるよ」と笑った。笑ってくれてありがとう。安心した。私たち、潔白です。

 昨日はゼミの飲み会だった。国白のバイト先の大衆居酒屋で10人ほど集まって飲んで飲んで飲みまくってたまに食べた。だし巻きたまごがおいしいから絶対食べてって言われて食べたらほんとうにおいしかった。だし巻きたまご目当てでまた行きたいまである。

「で、なんで私はあんたの部屋にいるわけ?」

 手櫛で髪を整える。鏡越しに問うた答えを待っていると、パンイチでうろちょろする国白がスウェットに手を伸ばした。

「泣いてたから、なぐさめた?」

 鏡越しに目が合う。

「は、なんで」
「男心がわからんー!思わせぶりしんでしまえー!」
「え、こわい」
「こわいね、でも、これ、南條が言ってたことだよ」
「酔ってたんだね、ごめん、迷惑かけた」
「好きな人いんの?」
「……いるというか、いた、というか」
「終わったん?」
「終わらせたね、相手、既婚者だったし」

 既婚者って知ったの、出会って半年後だけど。

 国白は、ふうん、と短い相槌をうち、それ以上なにも聞いてこなかった。聞かれなかったら話したくなってムズムズしてしまうのなんなんだろうね、話さないけど。

「そういえばさ、私たち、致してないのに、なんで、その、下着のみだったの?」
「自暴自棄の南條が誘ってきたからだけど」
「まじでごめん」
「別にね、俺は失うもんないけど、南條が朝起きたときに苦しくなったり、つらくなったら嫌だし」
「優しいかよ」
「そういう心を持つ男が増えたらいいなって思います」

 そうだね、私もそう思う。




「じゃあ、また大学で」
「駅まで送るよ」
「大丈夫、すぐそこだし。あと、ちょっと風浴びたい」

 私が笑えば、国白も「そっか」と、微笑む。マンションの下で、国白の部屋あたりを見上げたら、手を振る国白が見えて、優しいヤツ、を再確認した。
 


「さ、帰るか〜」

 昨日と同じ服だけど、国白の優しい匂いがした。



fin.