朝と夕、交通量の増える車道。行き交う自転車。夕日が眩しい。
「てか、お前どこまで付いてくるんだよ」
「いやだって、俺の家、あの角曲がった住宅地にあるから」
「は、なんでよりにもよって俺の行く方向と一緒なんだよ。ふざけんな」
 小さな石ころを街路樹の土目掛けて蹴飛ばす。
「ははは、ふざけてはないけど。でも、意外と近所なんだね。驚いた」
「みたいだな。僕は嬉しくはないけど」
「え、そう? 俺は嬉しいけどな。近所だったら、一緒に登下校できるし」
「あっそ。頼まれても、僕は絶対そんなバカカップルみたいなこと、しないけどな」
「何ならさ、来週から一緒に帰る? 言っても放送部は月火だけだし、塾行ってるけど、その前に一回家に帰るからさ。どう?」
 冷やかし半分に言ってくるその態度が鼻につく。
「人の話、聞けよ、生徒会長なんだろ? てかさ、逆に目立つだろうが。なんで兄弟でもない、年も違う特に友達でもない僕とお前が一緒に帰らなきゃならないんだよ。バカか」
「ははっ、結構厳しいこと言うね。グサッとした。でも、何よりも、頑張って口悪く言ってるの、可愛いんだけど。飼い主に頑張って威嚇する、子犬みたい。一緒に暮らしたいよ」
「うるせえな。その口、チャックで締めてやりたい。いや、ミシンで縫ったほうがいいか。それとも――」
「ごめんごめん。冗談、冗談。まぁ、可愛いのは本当なんだけど」
「チッ。だったらもっとマシな冗談言えよ」
「わかった。今度からはそうする」
 小さな交差点を左に曲がる。少し坂を上った先、色とりどりの屋根や外壁が見え始める。
「やばいっ、早く帰らないとママに怒られちゃう!」
「お兄ちゃん、待ってよ~! 置いて行かないで~!」
後ろからリズミカルな足音が近づいてくる。少し大人な僕らの横を、傷だらけのランドセルを背負った男の子と、お下げ髪がランドセルと一緒に大きく跳ねる女の子が、勢いよく走り抜けた。
 携帯を見る。もうすぐ十七時になろうとしていた。
「え、もうこんな時間かよ。買い物頼まれてんのに」
「ごめん、俺が呼び止めたから」
「自覚あるなら、まだマシ」
 住宅地の中でも特に広い敷地に建つ、地元スーパー。太陽は背の高い看板に隠れる。
「じゃあな」
 櫻楽の前を横切ろうとしたとき、左腕が握られた。穏やかな風に吹かれる前髪の向こう、視線が合う。
「もうあんなマネだけはすんな。皇叶がどんな持病患ってるのか知らないし、詮索もしない。ただ俺は、皇叶のことを守る。たとえ、無茶なことをして皇叶に嫌われようとも」
 出入口から出てきた婦人。こちらを見て、そそくさと立ち去る。
「よくそんな決め顔できるな。恥ずかしくて見てられない」
強がる僕を見て、櫻楽は少し肩を上げ、そっか、と残念そうに呟く。
 タイミングよく、十七時を告げるチャイムが、あちこちのスピーカーから同時に鳴り始める。
「離して。買い物、行かなきゃなんだよ」
手を振りほどく。自動ドアが開いてすぐ、積まれた、店先のカゴを手に取る。自動ドアが閉まりかけたとき、後ろから櫻楽の声がした。
「さっき俺が冗談って言ったあれ、嘘だからな!」
振り返る。ドアの閉まった向こう、硝子に映る櫻楽は満面の笑みを浮かべ、ピースサインを突き出していた。
「どれが嘘なんだよ。わかるようにハッキリしろや。バーカ」