人が少なくなったロビー。受付で名前が呼ばれるのを待っていた。今から買い物をして帰れば、姉の帰宅時間には間に合うはずだ。スーパーまでの近道を考え始める。顔をふと上げると、ちょうど僕の視線の先、襟に白いラインが入る学ランを着ている人物が、こちらに背を向けて座っていた。受付の方向をしっかりと見ていた。
僕の名前が呼ばれた。立ち上がる。一瞬、その人物の肩が動いた気がした。
その人物に背を向けているものの、猛烈な視線を感じる。
「お大事に」
「あざす」
お辞儀をして振り返ると、その男と視線が合った。思わず後退りしてしまう。
「皇叶」
名前を呼び、立ち上がった。背中にはリュックを背負い、手にトートバックを持っていた。
「あれ、櫻楽君と知り合いなの?」そう後ろから声がしたが、首を横に振って、視線を逸らす。
「やっぱり。皇叶じゃん。どうしてここにいるんだ?」
自動ドア目掛けて走る。足に若干の違和感を感じつつ、とにかくこの場から去りたくて、逃げたくて、足を動かした。
「皇叶、待ってよ!」
自動ドアで隔てられ、声も追いかけて来る足音も聞こえなくなる。出てすぐの交差点、タイミング悪く、赤信号にひっかかる。車が動き出したばかり。ものの三十秒ほどで、追いつかれた。
「皇叶……、別に逃げなくてもいいじゃん」
逃げられたくないのか、腕を掴まれる。
「なんで追いかけてきたんだよ。放っといてくれよ。僕がここにどんな用事で来てようが、お前には関係ない。関わろうとすんな」
「ごめん、それは、ホントごめん。でも、皇叶のこと見つけて、反射的にっていうか、声かけたかったから。追いかけたことは、悪い」
「あっそ。てか、僕、そこまで怒ってはないし。それと、なんでお前がここにいるんだよ。そっちの理由聞かせろや」
「あー、俺は、兄ちゃんへの届け物しに来ただけ。会って渡してもよかったんだけど、皇叶に話しかけたかったし、兄ちゃんもいつ来るかわからないから、受付に渡してきた。病棟言ったら中々帰ってこないし」
「え、兄ちゃん……? 日下部……」
「そうだけど、ん、どうした? 俺の顔になんか付いてる?」
櫻楽の後ろから、後光のごとく差す、夕日の光。何となく、目元のあたりに、その兄弟の影が見えた。
「俺の兄ちゃん、この病院に勤務してるからさ、医者として」
「知って……る、僕の、主治医、だから」
「そうなんだ。だから、ここに」
櫻楽は頷く。車道の信号が黄色から赤に変わる。瞬間、静かになる。
「どうして驚かないんだよ」
「驚くとこなんて、どこにもないよって言いたいんだけどさ、この前、職員室でさ、先生たちが皇叶の話をしてるとこ、たまたま聞いちゃったんだよね。だから。ごめんね」
歩行者用の信号が青に変わったと、視覚へも聴覚へも訴える。僕たち以外の歩行者はいない。
「勝手に知られたくなかったんだけど」
先を歩く僕に付いてくる櫻楽。リュックを背負い直す。
「それは、ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど。生徒会長として、呼ばれちゃったからさ。というか、悪いのは、生徒が出入りするところで、生徒のプライベートな話をすることだよ。ちゃんと、先生には、注意しておくからさ」
「あっそ。好きにどうぞ。僕は、先生のこと誰も信用してないから、どっちでもいい。注意されたって、どうせまた隙を見て話すんだろうし」
「でも、まさか皇叶が、この病院に来てるなんて思わなかった。そっか、兄ちゃんが主治医なんだ。ってことは――」
「これ以上詮索すんな。てか、それはこっちのセリフだ」
歩く、その隣を主婦らしき女性が自転車で颯爽と通り抜ける。
「あはは、そうか。うん、なんかごめんな。追いかけたりなんかして。足、大丈夫か?」
「べ、別にお前に心配される質じゃないし」
「そっか」
僕の名前が呼ばれた。立ち上がる。一瞬、その人物の肩が動いた気がした。
その人物に背を向けているものの、猛烈な視線を感じる。
「お大事に」
「あざす」
お辞儀をして振り返ると、その男と視線が合った。思わず後退りしてしまう。
「皇叶」
名前を呼び、立ち上がった。背中にはリュックを背負い、手にトートバックを持っていた。
「あれ、櫻楽君と知り合いなの?」そう後ろから声がしたが、首を横に振って、視線を逸らす。
「やっぱり。皇叶じゃん。どうしてここにいるんだ?」
自動ドア目掛けて走る。足に若干の違和感を感じつつ、とにかくこの場から去りたくて、逃げたくて、足を動かした。
「皇叶、待ってよ!」
自動ドアで隔てられ、声も追いかけて来る足音も聞こえなくなる。出てすぐの交差点、タイミング悪く、赤信号にひっかかる。車が動き出したばかり。ものの三十秒ほどで、追いつかれた。
「皇叶……、別に逃げなくてもいいじゃん」
逃げられたくないのか、腕を掴まれる。
「なんで追いかけてきたんだよ。放っといてくれよ。僕がここにどんな用事で来てようが、お前には関係ない。関わろうとすんな」
「ごめん、それは、ホントごめん。でも、皇叶のこと見つけて、反射的にっていうか、声かけたかったから。追いかけたことは、悪い」
「あっそ。てか、僕、そこまで怒ってはないし。それと、なんでお前がここにいるんだよ。そっちの理由聞かせろや」
「あー、俺は、兄ちゃんへの届け物しに来ただけ。会って渡してもよかったんだけど、皇叶に話しかけたかったし、兄ちゃんもいつ来るかわからないから、受付に渡してきた。病棟言ったら中々帰ってこないし」
「え、兄ちゃん……? 日下部……」
「そうだけど、ん、どうした? 俺の顔になんか付いてる?」
櫻楽の後ろから、後光のごとく差す、夕日の光。何となく、目元のあたりに、その兄弟の影が見えた。
「俺の兄ちゃん、この病院に勤務してるからさ、医者として」
「知って……る、僕の、主治医、だから」
「そうなんだ。だから、ここに」
櫻楽は頷く。車道の信号が黄色から赤に変わる。瞬間、静かになる。
「どうして驚かないんだよ」
「驚くとこなんて、どこにもないよって言いたいんだけどさ、この前、職員室でさ、先生たちが皇叶の話をしてるとこ、たまたま聞いちゃったんだよね。だから。ごめんね」
歩行者用の信号が青に変わったと、視覚へも聴覚へも訴える。僕たち以外の歩行者はいない。
「勝手に知られたくなかったんだけど」
先を歩く僕に付いてくる櫻楽。リュックを背負い直す。
「それは、ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど。生徒会長として、呼ばれちゃったからさ。というか、悪いのは、生徒が出入りするところで、生徒のプライベートな話をすることだよ。ちゃんと、先生には、注意しておくからさ」
「あっそ。好きにどうぞ。僕は、先生のこと誰も信用してないから、どっちでもいい。注意されたって、どうせまた隙を見て話すんだろうし」
「でも、まさか皇叶が、この病院に来てるなんて思わなかった。そっか、兄ちゃんが主治医なんだ。ってことは――」
「これ以上詮索すんな。てか、それはこっちのセリフだ」
歩く、その隣を主婦らしき女性が自転車で颯爽と通り抜ける。
「あはは、そうか。うん、なんかごめんな。追いかけたりなんかして。足、大丈夫か?」
「べ、別にお前に心配される質じゃないし」
「そっか」



