梅雨期間だとは思えないほど、真っ青な空が広がる、とある六月の日曜日。
「おー、櫻楽。どうだ、純白のタキシードに身を包んだ感想は?」
「まだ落ち着かない。どうせ白なら、白衣のほうがよかったんじゃないかって」
「場に相応しくないだろうよ。あーほら、ネクタイも曲がってる。しっかりしないと、皇叶に示しがつかないぞ」
「兄貴のほうだって、しっかりしてよ。なんか、目、赤いけど、もしかして泣いた?」
「それは、櫻楽もだろ。目、うるうるさせて」
「し、仕方ないだろっ。だってぇぇ、ううっ……」
「ひでぇ泣き顔。せっかくの晴れの舞台が台無しになるぞ? ハハッ。この姿、皇叶が見たら、大笑いするんだろうな。今すぐ見せてやりたいよ」
「うるさいなぁ、もう。兄貴のこと、嫌いになる」
「えー、それは困る。嫌いにはならないでくれ」
「……ふっ、ははははっ、無理無理。嫌いになれない。兄貴は、俺にとって、いつまでも、大好きで尊敬できる兄貴、だから」
「大好きは、俺じゃなくて、皇叶に言ってやれよ。俺にも、一応、大好きって思える相手は、いるんだからよ。勝手に寂しい奴にすんな」
「そうだね。琴絵さんと、伊織君と、ラブラブだもんね、兄貴は」
「ハハハ。そうそう。まぁ、でも、櫻楽も、大好きだって、素直に言える相手が見つかってよかった。これでようやく、きょうだい全員が、親元から完全に離れられるんだな」
「そうだね。って、そういや姉ちゃんは?」
「音葉なら、いま、子供の面倒みてるはず。奏(そう)と香(かおる)がぐずった、って、さっき母さんから聞いたから」
「そっか。双子は大変だねー。じゃあ、耕君は仁志さんが?」
「あぁ。伊織と楽しそうに話してる。子育てって、一人でも大変だって思うのに。検察官としても、妻としても、母親としても、よくやってるよ、ホント」
「琴絵さんは? 今日来てるの?」
「午前で仕事終わらせたら来るってよ。だから、伊織の面倒は父さんと母さんに頼んでる。俺は、櫻楽のそばにいてやりたいからって」
「そっか。なんかごめんね、兄貴」
「ん、いいいい。気にすんな」
櫻楽の薬指に光る、おそろいの指輪。あの日から、僕もずっと付けている。
「そろそろ、お時間です」
「わかりました」
扉の前。大きく息を吸う櫻楽。今は、小児科の医師として働きながら、毎日、僕に「おはよう」と「おやすみ」を言ってくれる。忙しそうだけど、充実している感じは、顔を見るだけで伝わる。
「櫻楽、ここまで連れてきてくれてありがとう。これからも、ずっとずっと、そばで見守っているからね」
開かれた扉。盛大な拍手。写真立てとリングピロー。僕は、バージンロードを、ゆっくり歩いてくる櫻楽のことを、あの日と同じ眼差しで、微笑みながら見ていた。
End.
「おー、櫻楽。どうだ、純白のタキシードに身を包んだ感想は?」
「まだ落ち着かない。どうせ白なら、白衣のほうがよかったんじゃないかって」
「場に相応しくないだろうよ。あーほら、ネクタイも曲がってる。しっかりしないと、皇叶に示しがつかないぞ」
「兄貴のほうだって、しっかりしてよ。なんか、目、赤いけど、もしかして泣いた?」
「それは、櫻楽もだろ。目、うるうるさせて」
「し、仕方ないだろっ。だってぇぇ、ううっ……」
「ひでぇ泣き顔。せっかくの晴れの舞台が台無しになるぞ? ハハッ。この姿、皇叶が見たら、大笑いするんだろうな。今すぐ見せてやりたいよ」
「うるさいなぁ、もう。兄貴のこと、嫌いになる」
「えー、それは困る。嫌いにはならないでくれ」
「……ふっ、ははははっ、無理無理。嫌いになれない。兄貴は、俺にとって、いつまでも、大好きで尊敬できる兄貴、だから」
「大好きは、俺じゃなくて、皇叶に言ってやれよ。俺にも、一応、大好きって思える相手は、いるんだからよ。勝手に寂しい奴にすんな」
「そうだね。琴絵さんと、伊織君と、ラブラブだもんね、兄貴は」
「ハハハ。そうそう。まぁ、でも、櫻楽も、大好きだって、素直に言える相手が見つかってよかった。これでようやく、きょうだい全員が、親元から完全に離れられるんだな」
「そうだね。って、そういや姉ちゃんは?」
「音葉なら、いま、子供の面倒みてるはず。奏(そう)と香(かおる)がぐずった、って、さっき母さんから聞いたから」
「そっか。双子は大変だねー。じゃあ、耕君は仁志さんが?」
「あぁ。伊織と楽しそうに話してる。子育てって、一人でも大変だって思うのに。検察官としても、妻としても、母親としても、よくやってるよ、ホント」
「琴絵さんは? 今日来てるの?」
「午前で仕事終わらせたら来るってよ。だから、伊織の面倒は父さんと母さんに頼んでる。俺は、櫻楽のそばにいてやりたいからって」
「そっか。なんかごめんね、兄貴」
「ん、いいいい。気にすんな」
櫻楽の薬指に光る、おそろいの指輪。あの日から、僕もずっと付けている。
「そろそろ、お時間です」
「わかりました」
扉の前。大きく息を吸う櫻楽。今は、小児科の医師として働きながら、毎日、僕に「おはよう」と「おやすみ」を言ってくれる。忙しそうだけど、充実している感じは、顔を見るだけで伝わる。
「櫻楽、ここまで連れてきてくれてありがとう。これからも、ずっとずっと、そばで見守っているからね」
開かれた扉。盛大な拍手。写真立てとリングピロー。僕は、バージンロードを、ゆっくり歩いてくる櫻楽のことを、あの日と同じ眼差しで、微笑みながら見ていた。
End.



