当日は、全然春らしくなく、むしろ冬のような気温だった。晴れてはいたけど、指先はかじかみ、しびれる。
「今日寒くない? え、二月末って、こんな寒かったっけ」
「昨日から明日にかけて、寒いんだってよ。東京含めて」
「えー。僕、ずっと中にいたから、寒いの無理かも」
「東京着いたら、抱きしめてもらえばいいじゃん。櫻楽に」
「人前で恥ずかしい。求められても拒否する」
「ハハハッ、まぁ、そうか。寒かったら言えよ。遠慮せず」
「わかった」
東京へは、新幹線で向かった。なにせ、指定された待ち合わせ場所が、東京駅だったから。新幹線に乗るのも初めてなら、車椅子スペースを利用するのも初めて。初めて尽くしの、一泊二日の旅が、幕を開けた。
東京駅は、テレビで観ていたよりも、混雑している感じだった。視線が他の人よりも低いからかもしれない。車椅子を押してくれる風雅先生は、入り組んだところでも、さくさくと歩く。地方に住む人でもよく知るあの正面には、太陽の光に照らされる、一人の男の後ろ姿があった。どっからどうみても、あの人だ。
「櫻楽!」
大声で叫んでみる。振り返った男は、大胆に笑い、走ってきた。
「皇叶!」
「櫻楽!」
車椅子が揺れるほど、勢いよく抱き着いてきた櫻楽。びっくりするぐらい、イケメンになっていて、ガタイも良くなっていた。
「久しぶり」
「八年も待たせて、ごめんな、皇叶」
「いいよ。無事に会えたし」
「優しい……、なんか角が丸くなった?」
「うるせー。会って早々言うことじゃないだろ」
自覚はあったけど、認めたくなくて、口を尖らせる。
「その口の利き方、懐かしいな。はははっ」
「一旦黙れや。落ち着け」
「はいはい。兄貴も、ありがとね」
「ううん。感動の再会を生で見れて、嬉しいから」
人目に付く場所で、堂々とハグできるようになった櫻楽の精神はさておき、僕は口角を目一杯引き上げて、「一緒に行こ!」と言った。
櫻楽が決めた目的地は、どこもかしこもバリアフリーのところだった。いかにも東京らしいところでお昼を食べ、観光地を巡り、そして、夕食は、宿泊するホテルで摂った。
「このホテル、眺め良いけど、怖いな……」
「だろ? 兄貴なら怖がるだろうと思って、わざと選んだ」
「お前なぁ……」
悪戯っ子のような笑みを浮かべる櫻楽。大都会でしか見られない、夜の暗さとビル群の灯の絶景。僕としては、東京らしいし、高いところも平気だから、大満足だ。
「そういやさ、櫻楽って、いつの間に、風雅先生のこと兄貴呼びに変わったんだ?」
「二十歳過ぎてから。そろそろ、兄貴って呼んだほうがカッコイイかなって」
「兄貴って、響き自体、カッコイイもんな」
「でも、あんまり、兄貴って感じはしないけど」
「それ、わかる。僕も、風雅先生は、どっちかって言うと、お兄ちゃん、って呼ばれてるほうがしっくりくる」
「なんか、弱くね? ハハッ。まあ、呼びやすいように呼んでくれれば、俺は満足だけどな」
頭の後ろで手を組んだ風雅先生。言った僕も、聞いていた櫻楽も、共に笑顔になる。
「そうだ、俺、ちょっとお手洗い行ってくる。料理が運ばれてきたら、食べてていいから」
「わかった」
そう言って席を外した櫻楽。そそくさと歩いて、去る。
「もう、お腹いっぱいだけど、まだなにか頼んでんの?」
「デザートだろ。櫻楽のやつ、コーヒーの苦さはいけるのに、チョコとかはホワイトじゃないと食べられないぐらい、甘党なんだよね。おかしいだろ」
「うん。風雅先生も、甘党なの?」
「俺は、甘党よりは辛党かな。まぁ、どんな味付けでも、苦手なく食べれるけど」
「だよね」
デザートも運ばれない。櫻楽も戻ってこない。風雅先生も、水を飲んだり、チーズケーキの残りを食べたり、全体的に落ち着きのない感じが、犇々と伝わる頃。「ねぇ、遅くない?」僕は思わず口を開いた。
「ん、櫻楽か?」
「もしかして、僕らに内緒でケーキ食べてるとか?」
「フフッ、ハハハハ」
「え、なんかおかしいこと、言った?」
「いや、だって。皇叶が純粋すぎて。トイレに行くって言ったら、この雰囲気でも、そうだと信じちゃうタイプだ」
「え、どういうこと? ん?」
その時――
突然、店内で流れていたジャズ音楽のテイストが変わり、照明の色も淡いピンク色へ変化。何事かとあたりを見渡す、他の客。僕らも、訳が分からず、あちこち見ていたら、いきなり、「皇叶、目、閉じて」と、風雅先生に言われ、視界を手で覆われてしまった。「え、なんだよ急に、え、なにごと?」と言う僕を、一向に「まだだめ。開けるなよ」と言って対抗してくる風雅先生。動画の録画を始めた音が微かに聞こえる。
「せーの」
誰かの、小さい声が聞こえた。
視界が開ける。
次第に、目の前の状況が、はっきりと見え始める。
そこには、跪き、こちらに小さいケースを差し出す、櫻楽の姿。ネイビーのタキシードに身を包み、髪の毛も固められていた。
「皇叶、俺と一緒に、どこまでも行こう」
開けられた、ケース。シルバーのリングが、照明に反射して、キラリ、と光った。
「今日寒くない? え、二月末って、こんな寒かったっけ」
「昨日から明日にかけて、寒いんだってよ。東京含めて」
「えー。僕、ずっと中にいたから、寒いの無理かも」
「東京着いたら、抱きしめてもらえばいいじゃん。櫻楽に」
「人前で恥ずかしい。求められても拒否する」
「ハハハッ、まぁ、そうか。寒かったら言えよ。遠慮せず」
「わかった」
東京へは、新幹線で向かった。なにせ、指定された待ち合わせ場所が、東京駅だったから。新幹線に乗るのも初めてなら、車椅子スペースを利用するのも初めて。初めて尽くしの、一泊二日の旅が、幕を開けた。
東京駅は、テレビで観ていたよりも、混雑している感じだった。視線が他の人よりも低いからかもしれない。車椅子を押してくれる風雅先生は、入り組んだところでも、さくさくと歩く。地方に住む人でもよく知るあの正面には、太陽の光に照らされる、一人の男の後ろ姿があった。どっからどうみても、あの人だ。
「櫻楽!」
大声で叫んでみる。振り返った男は、大胆に笑い、走ってきた。
「皇叶!」
「櫻楽!」
車椅子が揺れるほど、勢いよく抱き着いてきた櫻楽。びっくりするぐらい、イケメンになっていて、ガタイも良くなっていた。
「久しぶり」
「八年も待たせて、ごめんな、皇叶」
「いいよ。無事に会えたし」
「優しい……、なんか角が丸くなった?」
「うるせー。会って早々言うことじゃないだろ」
自覚はあったけど、認めたくなくて、口を尖らせる。
「その口の利き方、懐かしいな。はははっ」
「一旦黙れや。落ち着け」
「はいはい。兄貴も、ありがとね」
「ううん。感動の再会を生で見れて、嬉しいから」
人目に付く場所で、堂々とハグできるようになった櫻楽の精神はさておき、僕は口角を目一杯引き上げて、「一緒に行こ!」と言った。
櫻楽が決めた目的地は、どこもかしこもバリアフリーのところだった。いかにも東京らしいところでお昼を食べ、観光地を巡り、そして、夕食は、宿泊するホテルで摂った。
「このホテル、眺め良いけど、怖いな……」
「だろ? 兄貴なら怖がるだろうと思って、わざと選んだ」
「お前なぁ……」
悪戯っ子のような笑みを浮かべる櫻楽。大都会でしか見られない、夜の暗さとビル群の灯の絶景。僕としては、東京らしいし、高いところも平気だから、大満足だ。
「そういやさ、櫻楽って、いつの間に、風雅先生のこと兄貴呼びに変わったんだ?」
「二十歳過ぎてから。そろそろ、兄貴って呼んだほうがカッコイイかなって」
「兄貴って、響き自体、カッコイイもんな」
「でも、あんまり、兄貴って感じはしないけど」
「それ、わかる。僕も、風雅先生は、どっちかって言うと、お兄ちゃん、って呼ばれてるほうがしっくりくる」
「なんか、弱くね? ハハッ。まあ、呼びやすいように呼んでくれれば、俺は満足だけどな」
頭の後ろで手を組んだ風雅先生。言った僕も、聞いていた櫻楽も、共に笑顔になる。
「そうだ、俺、ちょっとお手洗い行ってくる。料理が運ばれてきたら、食べてていいから」
「わかった」
そう言って席を外した櫻楽。そそくさと歩いて、去る。
「もう、お腹いっぱいだけど、まだなにか頼んでんの?」
「デザートだろ。櫻楽のやつ、コーヒーの苦さはいけるのに、チョコとかはホワイトじゃないと食べられないぐらい、甘党なんだよね。おかしいだろ」
「うん。風雅先生も、甘党なの?」
「俺は、甘党よりは辛党かな。まぁ、どんな味付けでも、苦手なく食べれるけど」
「だよね」
デザートも運ばれない。櫻楽も戻ってこない。風雅先生も、水を飲んだり、チーズケーキの残りを食べたり、全体的に落ち着きのない感じが、犇々と伝わる頃。「ねぇ、遅くない?」僕は思わず口を開いた。
「ん、櫻楽か?」
「もしかして、僕らに内緒でケーキ食べてるとか?」
「フフッ、ハハハハ」
「え、なんかおかしいこと、言った?」
「いや、だって。皇叶が純粋すぎて。トイレに行くって言ったら、この雰囲気でも、そうだと信じちゃうタイプだ」
「え、どういうこと? ん?」
その時――
突然、店内で流れていたジャズ音楽のテイストが変わり、照明の色も淡いピンク色へ変化。何事かとあたりを見渡す、他の客。僕らも、訳が分からず、あちこち見ていたら、いきなり、「皇叶、目、閉じて」と、風雅先生に言われ、視界を手で覆われてしまった。「え、なんだよ急に、え、なにごと?」と言う僕を、一向に「まだだめ。開けるなよ」と言って対抗してくる風雅先生。動画の録画を始めた音が微かに聞こえる。
「せーの」
誰かの、小さい声が聞こえた。
視界が開ける。
次第に、目の前の状況が、はっきりと見え始める。
そこには、跪き、こちらに小さいケースを差し出す、櫻楽の姿。ネイビーのタキシードに身を包み、髪の毛も固められていた。
「皇叶、俺と一緒に、どこまでも行こう」
開けられた、ケース。シルバーのリングが、照明に反射して、キラリ、と光った。



