四月七日、入学式。ぶかぶかの制服に袖を通して、新品のローファーに足を入れる。
「どう、かな……?」
「いいじゃん。ブレザーも似合うんだね。学ランも良かったけど」
 黄土色に近いブレザーに、白色のラインが入ったスラックス。公立高校なのに、なぜか高級感が漂う。僕は、この制服に合わせて、リュックを新調した。気持ちを新しく入れ替えるために、という願いも込めて。
「ねぇ、皇叶」
「なに?」
「卒業を、最終目標にしなくていいからね」
「えっ」
「毎日を、楽しんで。ただ、それだけ」
「うん。ありがとう。じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
 無機質だった自転車の鍵も、今はヒヨコのキーホルダーが付いている。
 学校への近道は、慈善に把握していた。しかも、アップダウンの少ないコース。
 途中で、同じ制服を着た三人の男集団と一緒になった。背丈も大きくて、先輩かと思ったが、集団のうちの一人に、「あれ、受験のとき、隣の席だったよね?」と声を掛けられたのだ。その一瞬で、その男の横顔が目の裏に浮かぶ。
「あ!」
「アッハハ、やっぱり!」
「やりぃー、蓮我のお陰で初めての友達ゲット」
「アイテムみたいに言うな」
「ね、ね、君、名前なに?」
「梅沢皇叶。あ、漢字は、皇に叶う」
「それでコウガって読むのか」スクエア眼鏡をかけた、いかにも真面目な男が言う。
「へへーい、カッコいい名前、憧れるぅ」いかにも野球少年な男が、ノリノリに言う。
「皇叶ってさ、めっちゃいい名前じゃん!」声をかけてきた男は、キラキラとした目で言った。そう言えば、櫻楽に話しかけられて、返事したときも、同じような表情していたような……。
「俺は、蓮に我って書いて、レンガ。んで、この坊主が、平和の和に久しいで、ワク。通称、デクノボウ」
「そう、気の利かない人だからね」
「へへーい! デクノボウ! デクノボウ!」
「で、コイツの名前は――」
「健康の康に平で、コウヘイ。この中で一番ありきたりな名前をしている」
「今みたいに、すっごい真面目に切り込んできたり、ツッコミしたり、間違いを訂正してくれるから、めっちゃ頼りになる男。勉強もできるしね」
「ふーん。そうなんだ」
「もうさ、俺ら、皇叶のダチだから。今日からよろしく!」
 なぜだか、この三人を相手にするときの僕は、人が変わったようにオドオドとしてしまう。怖いわけではない。だけど、櫻楽のときみたいに、食って掛かれない。姉や風雅先生と話すときみたに、優しくもなれない。微妙な位置を探っているみたいな感覚だった。
 入学者は少ないのに、式の流れは非常にゆったりとしていた。なにせ、校長、生徒会長、それ以外の偉い人たち、そういう面々の話が長いから。
 途中、僕は体育館から出た。
「皇叶、お疲れ~」
「あ、うん」
「無事に式は終わった。今から十分の休憩を挟んで、教室で説明の時間らしい」
「わかった」
「なんかさ、途中から皇叶、体育館にいなかったよな。もしかして、式が嫌になって、抜け出したってこと? それとも、体調でも悪くなったとか?」
「出たよ、デクノボウ……」
「コラ、和久。人のプライバシーな部分、勝手に覗き込もうとしないの」
「えー、だって気になるじゃん。蓮我は気にならない?」
「……、いいから。さっさと教室戻んぞ」
「へへーい」
 教室へ和久を連れて行く蓮我の背中。隣に立った康平は、「あーあ、まただよ」とぼやく。
「ごめんな、あんな奴で。でも、よかったら友達になってやって。気の利かない奴だけど、根はいい奴だから」
「あ、僕は大丈夫。ああいうの、中学のとき大量発生してたから」
「大量発生って、虫けらと同類ってことか。面白い」
「あ、ははは……」
「まぁ、ゆっくりでいいからさ、俺たちに慣れていってよ。俺ら三人は、誰も皇叶のこと、置いてきぼりにはしないから」