姉が仕事して稼いできたお金は、食費、光熱費、家賃等で半分は取られ、残りのうち、三分の一は、母が持っていく。家に残る金は本当に僅かで、そこから僕の薬代を出してもらっているために、姉は昔よりもさらに節約家になった。湯を張るのは週に一度だけ、買い物は休日セール開催日の朝、もしくは割引品が多くなる平日の夕方に行く、といった感じだ。
「遅くなったけど、これ、今月の薬代ね」
「ありがとう。あのさ、僕、高校生になったら、バイトするから」
「お金のことなら、お姉ちゃんが何とかするから」
「何とかって?」
「お母さんに渡す分、極端に減らす」
「え、そんなことして問題ない?」
「私ね、見ちゃったの。お母さんが高級そうなレストランから男と出てくるところを」
フライパンから料理が皿に移される。湯気が立つ。
「ほら、駅から離れたところに、新しくオープンした……、名前忘れたけど、前に樹理から高級過ぎて入れないって、聞いたところだったから」
「ってことは、相当な金、持ってるってこと?」
「多分ね。見たことちゃんと伝えて、これ以上お金渡さないようにするから」
「そっか」
テーブルの上に、出来立ての夕食が並ぶ。細く切られたジャガイモと同じサイズ感で切られた豚肉が、ソースと絡み合っている一品だった。
「明日にでも、呼び出してみようと思う。帰ってくるか知らないけど」
「あのさ、何かあったら、頼ってよ。お姉ちゃんが、これ以上お母さんのことで苦しむの、見てられないから」
「……フッ。ありがとう。でも大丈夫。ここはお姉ちゃんに任せて」
「……」
「ほら、早くご飯食べて。この後も勉強するんでしょ?」
「する。じゃあ、いただきます」
そう話をした翌日、母は言われた通りの時間に、派手な格好で家に帰ってきた。髪は年齢に見合わず金色に染めていたが、毛先はボロボロ。肌艶もなく、シール状のネイルも剥がれていた。
「何なの話って。時間ないの、早くしてちょうだい」
「お母さん、喋り方変わったね。何か昔よりピリピリしてる」
「用件は、何?」
「お金、これ以上は渡せないから」
「どうして。まだ、生活は不安定なのに」
「不安定? そんな格好しておいてよく言えるね」
「あんたこそ、ピリピリしてるんじゃないの? 皇叶の状態が、悪くなっていってるんでしょ。将来は歩けなくなるって言われていたから、ずっと心配してるのよ」
「皇叶に病気のこと一人で背負わせて、ろくに面倒も見てないのに。今さら母親面すんな」
「ホント、お金がない人って、どうしてこう惨めなのかしら。私もそうだけど」
「私も惨め? じゃあどうして、高級なレストランから出てきたの? しかも男と。どこが惨めだって言うの? 信じられないんだけど」
「……なに勝手に人の生活覗いてんの。付きまとわないで。気持ち悪い」
母は、僕が盗み見ているとも知らず、姉の頬を叩いた。
「何すんのよ!」
「そんな、気持ちの悪いことをするような子供に育てた覚えはない。もう、これ以上関わらないでちょうだい」
「それはこっちのセリフだから。もういい、出て行って」
「言われなくても出て行くわよ、こんなみっともない家」
その日以降、母は家に帰って来なくなった。後日、姉がまた、高級レストランで男と一緒に出て来るところを目撃したらしい。しかも、薬指が輝いていた、と。
「お姉ちゃん、今日はちょっとだけ、贅沢しよ」
「お母さんが出て行った記念?」
「そう。スーパーで、割引になってない総菜買おう。どう?」
「それ、アリ。じゃあ、今から行く?」
「行く。靴下だけ履くから、待って」
ちょっとだけ、プチ贅沢をした僕らは、今までよりも濃密に姉弟の関係を楽しんだ。将来、櫻楽とデートに行けることを夢見て、姉と模擬デート的なこともした。学校に行かなくなって、随分と心も体も身軽になっている。そして僕の心は、いつの間にか姉という存在で埋め尽くされていた。
「遅くなったけど、これ、今月の薬代ね」
「ありがとう。あのさ、僕、高校生になったら、バイトするから」
「お金のことなら、お姉ちゃんが何とかするから」
「何とかって?」
「お母さんに渡す分、極端に減らす」
「え、そんなことして問題ない?」
「私ね、見ちゃったの。お母さんが高級そうなレストランから男と出てくるところを」
フライパンから料理が皿に移される。湯気が立つ。
「ほら、駅から離れたところに、新しくオープンした……、名前忘れたけど、前に樹理から高級過ぎて入れないって、聞いたところだったから」
「ってことは、相当な金、持ってるってこと?」
「多分ね。見たことちゃんと伝えて、これ以上お金渡さないようにするから」
「そっか」
テーブルの上に、出来立ての夕食が並ぶ。細く切られたジャガイモと同じサイズ感で切られた豚肉が、ソースと絡み合っている一品だった。
「明日にでも、呼び出してみようと思う。帰ってくるか知らないけど」
「あのさ、何かあったら、頼ってよ。お姉ちゃんが、これ以上お母さんのことで苦しむの、見てられないから」
「……フッ。ありがとう。でも大丈夫。ここはお姉ちゃんに任せて」
「……」
「ほら、早くご飯食べて。この後も勉強するんでしょ?」
「する。じゃあ、いただきます」
そう話をした翌日、母は言われた通りの時間に、派手な格好で家に帰ってきた。髪は年齢に見合わず金色に染めていたが、毛先はボロボロ。肌艶もなく、シール状のネイルも剥がれていた。
「何なの話って。時間ないの、早くしてちょうだい」
「お母さん、喋り方変わったね。何か昔よりピリピリしてる」
「用件は、何?」
「お金、これ以上は渡せないから」
「どうして。まだ、生活は不安定なのに」
「不安定? そんな格好しておいてよく言えるね」
「あんたこそ、ピリピリしてるんじゃないの? 皇叶の状態が、悪くなっていってるんでしょ。将来は歩けなくなるって言われていたから、ずっと心配してるのよ」
「皇叶に病気のこと一人で背負わせて、ろくに面倒も見てないのに。今さら母親面すんな」
「ホント、お金がない人って、どうしてこう惨めなのかしら。私もそうだけど」
「私も惨め? じゃあどうして、高級なレストランから出てきたの? しかも男と。どこが惨めだって言うの? 信じられないんだけど」
「……なに勝手に人の生活覗いてんの。付きまとわないで。気持ち悪い」
母は、僕が盗み見ているとも知らず、姉の頬を叩いた。
「何すんのよ!」
「そんな、気持ちの悪いことをするような子供に育てた覚えはない。もう、これ以上関わらないでちょうだい」
「それはこっちのセリフだから。もういい、出て行って」
「言われなくても出て行くわよ、こんなみっともない家」
その日以降、母は家に帰って来なくなった。後日、姉がまた、高級レストランで男と一緒に出て来るところを目撃したらしい。しかも、薬指が輝いていた、と。
「お姉ちゃん、今日はちょっとだけ、贅沢しよ」
「お母さんが出て行った記念?」
「そう。スーパーで、割引になってない総菜買おう。どう?」
「それ、アリ。じゃあ、今から行く?」
「行く。靴下だけ履くから、待って」
ちょっとだけ、プチ贅沢をした僕らは、今までよりも濃密に姉弟の関係を楽しんだ。将来、櫻楽とデートに行けることを夢見て、姉と模擬デート的なこともした。学校に行かなくなって、随分と心も体も身軽になっている。そして僕の心は、いつの間にか姉という存在で埋め尽くされていた。



