合否発表は、卒業式が行われる三日前に行われた。自転車で学校に行き、その場で合否を確認。本当は電話で報告を聞きたいけど仕事だ、と諦めていた姉には、メールでひと言「ありがとう」とだけ送っておいた。合格とも不合格ともとれる言葉を選んだのは、姉の反応が見たかったからだ。
そして実際、昼休みの時間帯に姉から電話がかかってきた。今度は「受かっていました」とちゃんと報告。姉は電話越しで感激し、泣いているらしく、周りの人たちから声をかけられているようだった。
「僕、このあと行くとこあるから。午後も仕事頑張ってね。じゃあ」
電話を切った僕は、自転車に跨り、そのまま病院へと向かった。
事前に、昼休みの時間に行くから、と連絡していたからか、職員でも患者でも立ち入れるスペースでお昼を食べていた風雅先生。僕の存在に早々に気付き、手を振っている。
「お昼のときに、ごめんね」
「全然。それで、どうだった?」
「受かってた」
「そうか。よかったな。おめでとう」
「ありがとう」
「高校は楽しいところだ。不登校なんてことはない。進級か、留年か、退学かの世界。どういう道を選んでも、間違いはないから。自分のペースで、頑張ってな」
「うん。でも、変わらず、僕は死ぬまで、この病院に通うから。風雅先生、ちゃんと面倒見てね」
「ハハッ、もちろん」
「じゃあ、帰るね。また明日」
通院日を挟んで、中学校では卒業式が行われた。けれど、僕は参加しなかった。リハビリがあったのもそうだけど、正直、月末、僕にプリントを運ぶグループに属していた同級生(三名)の顔しか覚えていない。今さら同級生に会ったところで、涙を流すわけでもないし、感動するわけでもない。事前に、係を務めてくれた同級生には、謝礼をしているのだから、今日行かなくても問題はない。教師だって、こんな奴に会いたいはずがない。
そういうことで、僕は、何年かぶりに市民図書館に足を運んだ。目的は、これといってない。ただただ、勉強から解放されて、何をして過ごせばいいのか分からなくなったから。
いつの間にかリニューアルされた館内には、ずらっと書籍が並んでいて、有名な職業の専門書を取り扱うコーナーまで備わっていた。その中から、特に興味はないが、医師の専門署を手に問ってみた。開いてみると、訳の分からない単語の羅列で、見ているだけで頭が痛くなるほど。
「櫻楽、こんな世界目指してるんだ」
そう口にしていた。
幸い、周りには人がいなかったため、聞かれずに済んだが、僕は知らず知らずのうちに、櫻楽のことを想い、考えていたのだと思い知った。
僕は図書館を出てすぐ、懸命に自転車を漕いだ。
櫻楽たち、日下部一家が住むところの前に、息を切らした状態で到着した。呼び鈴を押そうと手を伸ばしたとき、見慣れないドアプレートに、目が点になる。
呼び鈴のすぐ横にあった、真新しい表札。そこにはローマ字で、ウエト、と記されていた。家を間違えたのかと、近隣の表札を見るも、どこにも日下部の文字はなく、僕は、住宅地を行ったり来たりしていた。
そんなとき、いきなり姉から電話がかかってきた。仕事中だろ、と思っていたが、十二時を三十分も過ぎていた。
「あ、もしもし、皇叶? さっき櫻楽君から電話があったんだけどね」
「なに」
「櫻楽君、今から東京に行くみたいよ」
「……えっ」
そう言えば、図書館を出る前に見た携帯の画面、履歴が表示されていた……。
「十三時半に、バスターミナルを出発する、東京行きの高速バスに乗るみたい」
「……」
「会いに行かなくていいの?」
「べ、別に。行く必要ないだろ」
「櫻楽君、皇叶に会いたいんじゃないかな。声が、何となくだけど寂しそうだった」
「知らない」
突っぱねる気なんてないのに、そう答えるように頭は勝手に信号を送る。
「こんなこと言いたくはないけど、もし、このままずっと会えなかったらどうするの? 後悔しないわけ?」
「……それは……」
「会いたいって一ミリでも思ったんなら、行って来なさい。自転車、貸してあげるから」
「自転車なら、乗ってる。外に出かけてたから」
「じゃあ、行ってきな」
僕は、思考と共に体も動いた。坂を一気に下り、そこからは国道沿いに、バスターミナルのある駅まで、ペダルを漕ぎ続けた。昔よりも、体が随分と軽くなっている気がした。
そして実際、昼休みの時間帯に姉から電話がかかってきた。今度は「受かっていました」とちゃんと報告。姉は電話越しで感激し、泣いているらしく、周りの人たちから声をかけられているようだった。
「僕、このあと行くとこあるから。午後も仕事頑張ってね。じゃあ」
電話を切った僕は、自転車に跨り、そのまま病院へと向かった。
事前に、昼休みの時間に行くから、と連絡していたからか、職員でも患者でも立ち入れるスペースでお昼を食べていた風雅先生。僕の存在に早々に気付き、手を振っている。
「お昼のときに、ごめんね」
「全然。それで、どうだった?」
「受かってた」
「そうか。よかったな。おめでとう」
「ありがとう」
「高校は楽しいところだ。不登校なんてことはない。進級か、留年か、退学かの世界。どういう道を選んでも、間違いはないから。自分のペースで、頑張ってな」
「うん。でも、変わらず、僕は死ぬまで、この病院に通うから。風雅先生、ちゃんと面倒見てね」
「ハハッ、もちろん」
「じゃあ、帰るね。また明日」
通院日を挟んで、中学校では卒業式が行われた。けれど、僕は参加しなかった。リハビリがあったのもそうだけど、正直、月末、僕にプリントを運ぶグループに属していた同級生(三名)の顔しか覚えていない。今さら同級生に会ったところで、涙を流すわけでもないし、感動するわけでもない。事前に、係を務めてくれた同級生には、謝礼をしているのだから、今日行かなくても問題はない。教師だって、こんな奴に会いたいはずがない。
そういうことで、僕は、何年かぶりに市民図書館に足を運んだ。目的は、これといってない。ただただ、勉強から解放されて、何をして過ごせばいいのか分からなくなったから。
いつの間にかリニューアルされた館内には、ずらっと書籍が並んでいて、有名な職業の専門書を取り扱うコーナーまで備わっていた。その中から、特に興味はないが、医師の専門署を手に問ってみた。開いてみると、訳の分からない単語の羅列で、見ているだけで頭が痛くなるほど。
「櫻楽、こんな世界目指してるんだ」
そう口にしていた。
幸い、周りには人がいなかったため、聞かれずに済んだが、僕は知らず知らずのうちに、櫻楽のことを想い、考えていたのだと思い知った。
僕は図書館を出てすぐ、懸命に自転車を漕いだ。
櫻楽たち、日下部一家が住むところの前に、息を切らした状態で到着した。呼び鈴を押そうと手を伸ばしたとき、見慣れないドアプレートに、目が点になる。
呼び鈴のすぐ横にあった、真新しい表札。そこにはローマ字で、ウエト、と記されていた。家を間違えたのかと、近隣の表札を見るも、どこにも日下部の文字はなく、僕は、住宅地を行ったり来たりしていた。
そんなとき、いきなり姉から電話がかかってきた。仕事中だろ、と思っていたが、十二時を三十分も過ぎていた。
「あ、もしもし、皇叶? さっき櫻楽君から電話があったんだけどね」
「なに」
「櫻楽君、今から東京に行くみたいよ」
「……えっ」
そう言えば、図書館を出る前に見た携帯の画面、履歴が表示されていた……。
「十三時半に、バスターミナルを出発する、東京行きの高速バスに乗るみたい」
「……」
「会いに行かなくていいの?」
「べ、別に。行く必要ないだろ」
「櫻楽君、皇叶に会いたいんじゃないかな。声が、何となくだけど寂しそうだった」
「知らない」
突っぱねる気なんてないのに、そう答えるように頭は勝手に信号を送る。
「こんなこと言いたくはないけど、もし、このままずっと会えなかったらどうするの? 後悔しないわけ?」
「……それは……」
「会いたいって一ミリでも思ったんなら、行って来なさい。自転車、貸してあげるから」
「自転車なら、乗ってる。外に出かけてたから」
「じゃあ、行ってきな」
僕は、思考と共に体も動いた。坂を一気に下り、そこからは国道沿いに、バスターミナルのある駅まで、ペダルを漕ぎ続けた。昔よりも、体が随分と軽くなっている気がした。



